う彼を説き伏せて、そこから富浦《とみうら》に行きました。富浦からまた那古《なこ》に移りました。すべてこの沿岸はその時分から重《おも》に学生の集まる所でしたから、どこでも我々にはちょうど手頃《てごろ》の海水浴場だったのです。Kと私はよく海岸の岩の上に坐《すわ》って、遠い海の色や、近い水の底を眺《なが》めました。岩の上から見下《みおろ》す水は、また特別に綺麗《きれい》なものでした。赤い色だの藍《あい》の色だの、普通|市場《しじょう》に上《のぼ》らないような色をした小魚《こうお》が、透き通る波の中をあちらこちらと泳いでいるのが鮮やかに指さされました。
私はそこに坐って、よく書物をひろげました。Kは何もせずに黙っている方が多かったのです。私にはそれが考えに耽《ふけ》っているのか、景色に見惚《みと》れているのか、もしくは好きな想像を描《えが》いているのか、全く解《わか》らなかったのです。私は時々眼を上げて、Kに何をしているのだと聞きました。Kは何もしていないと一口《ひとくち》答えるだけでした。私は自分の傍《そば》にこうじっとして坐っているものが、Kでなくって、お嬢さんだったらさぞ愉快だろうと思
前へ
次へ
全371ページ中270ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング