またもっともらしく思案しながら「そうだね」と答えた。私の手紙を読まない前に、先生がこの電報を打ったという事が、先生を解釈する上において、何の役にも立たないのは知れているのに。
その日はちょうど主治医が町から院長を連れて来るはずになっていたので、母と私はそれぎりこの事件について話をする機会がなかった。二人の医者は立ち合いの上、病人に浣腸《かんちょう》などをして帰って行った。
父は医者から安臥《あんが》を命ぜられて以来、両便とも寝たまま他《ひと》の手で始末してもらっていた。潔癖な父は、最初の間こそ甚《はなは》だしくそれを忌《い》み嫌ったが、身体《からだ》が利《き》かないので、やむを得ずいやいや床《とこ》の上で用を足した。それが病気の加減で頭がだんだん鈍くなるのか何だか、日を経《ふ》るに従って、無精な排泄《はいせつ》を意としないようになった。たまには蒲団《ふとん》や敷布を汚して、傍《はた》のものが眉《まゆ》を寄せるのに、当人はかえって平気でいたりした。もっとも尿の量は病気の性質として、極めて少なくなった。医者はそれを苦にした。食欲も次第に衰えた。たまに何か欲しがっても、舌が欲しがるだけで
前へ
次へ
全371ページ中155ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング