いえ》の出入りも多くなった。近所にいる親類などは、二日に一人ぐらいの割で代る代る見舞に来た。中には比較的遠くにいて平生《へいぜい》疎遠なものもあった。「どうかと思ったら、この様子じゃ大丈夫だ。話も自由だし、だいち顔がちっとも瘠《や》せていないじゃないか」などといって帰るものがあった。私の帰った当時はひっそりし過ぎるほど静かであった家庭が、こんな事で段々ざわざわし始めた。
その中に動かずにいる父の病気は、ただ面白くない方へ移って行くばかりであった。私は母や伯父《おじ》と相談して、とうとう兄と妹《いもと》に電報を打った。兄からはすぐ行くという返事が来た。妹の夫からも立つという報知《しらせ》があった。妹はこの前|懐妊《かいにん》した時に流産したので、今度こそは癖にならないように大事を取らせるつもりだと、かねていい越したその夫は、妹の代りに自分で出て来るかも知れなかった。
十一
こうした落ち付きのない間にも、私《わたくし》はまだ静かに坐《すわ》る余裕をもっていた。偶《たま》には書物を開けて十|頁《ページ》もつづけざまに読む時間さえ出て来た。一旦《いったん》堅く括《くく》られた
前へ
次へ
全371ページ中147ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング