》ってかき餅《もち》などを焼いてもらってぼりぼり噛《か》んだ。
「どうしてこう渇《かわ》くのかね。やっぱり心《しん》に丈夫の所があるのかも知れないよ」
母は失望していいところにかえって頼みを置いた。そのくせ病気の時にしか使わない渇くという昔風の言葉を、何でも食べたがる意味に用いていた。
伯父《おじ》が見舞に来たとき、父はいつまでも引き留めて帰さなかった。淋《さむ》しいからもっといてくれというのが重《おも》な理由であったが、母や私が、食べたいだけ物を食べさせないという不平を訴えるのも、その目的の一つであったらしい。
十
父の病気は同じような状態で一週間以上つづいた。私《わたくし》はその間に長い手紙を九州にいる兄|宛《あて》で出した。妹《いもと》へは母から出させた。私は腹の中で、おそらくこれが父の健康に関して二人へやる最後の音信《たより》だろうと思った。それで両方へいよいよという場合には電報を打つから出て来いという意味を書き込めた。
兄は忙しい職にいた。妹は妊娠中であった。だから父の危険が眼の前に逼《せま》らないうちに呼び寄せる自由は利《き》かなかった。といって、折角
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