に対する言訳ばかりでなく、自分の心に対する言訳でもあった。私は強《し》いても何かの事情を仮定して先生の態度を弁護しなければ不安になった。
私は時々父の病気を忘れた。いっそ早く東京へ出てしまおうかと思ったりした。その父自身もおのれの病気を忘れる事があった。未来を心配しながら、未来に対する所置は一向取らなかった。私はついに先生の忠告通り財産分配の事を父にいい出す機会を得ずに過ぎた。
八
九月始めになって、私《わたくし》はいよいよまた東京へ出ようとした。私は父に向かって当分今まで通り学資を送ってくれるようにと頼んだ。
「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃる通りの地位が得られるものじゃないですから」
私は父の希望する地位を得《う》るために東京へ行くような事をいった。
「無論口の見付かるまでで好《い》いですから」ともいった。
私は心のうちで、その口は到底私の頭の上に落ちて来ないと思っていた。けれども事情にうとい父はまたあくまでもその反対を信じていた。
「そりゃ僅《わずか》の間《あいだ》の事だろうから、どうにか都合してやろう。その代り永くはいけないよ。相当の地位を得《え
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