》次第独立しなくっちゃ。元来学校を出た以上、出たあくる日から他《ひと》の世話になんぞなるものじゃないんだから。今の若いものは、金を使う道だけ心得ていて、金を取る方は全く考えていないようだね」
 父はこの外《ほか》にもまだ色々の小言《こごと》をいった。その中には、「昔の親は子に食わせてもらったのに、今の親は子に食われるだけだ」などという言葉があった。それらを私はただ黙って聞いていた。
 小言が一通り済んだと思った時、私は静かに席を立とうとした。父はいつ行くかと私に尋ねた。私には早いだけが好《よ》かった。
「お母さんに日を見てもらいなさい」
「そうしましょう」
 その時の私は父の前に存外《ぞんがい》おとなしかった。私はなるべく父の機嫌に逆らわずに、田舎《いなか》を出ようとした。父はまた私を引《ひ》き留《と》めた。
「お前が東京へ行くと宅《うち》はまた淋《さみ》しくなる。何しろ己《おれ》とお母さんだけなんだからね。そのおれも身体《からだ》さえ達者なら好《い》いが、この様子じゃいつ急にどんな事がないともいえないよ」
 私はできるだけ父を慰めて、自分の机を置いてある所へ帰った。私は取り散らした書
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