の性質から出る事も序《ついで》に注意したい。煤煙の主人公が郷里《きやうり》へ帰つてから又東京へ引き返す迄に、遭遇したり回想したりする事件は、決して尋常のものではない。悉《こと/″\》く飛び離れて強烈な色采《しきさい》を有してゐるもの許《ばかり》である。要吉は犬の耳を塩漬《しほつけ》にしてゐる女の夢を見たと書いてある。主人公は一|場《ぢやう》の夢に至る迄、何か天下を驚かす様な内容でなければ気が済まないのだとしか解釈出来ない。
夫《それ》だから読者の受ける感じの中には、著者が非常に苦心したなと云ふ自覚が起ると同時に、それが自分の額に反映して読む事が既に苦しくなる場合もある。又事件があまり派出《はで》に並んでゐるために、(其《その》調子は厭《いや》に陰鬱ではあるけれども)殆んどセンセーシヨナルな安つぽい小説と脊中合せをしてゐる様な気も起る。
事件が是程《これほど》充実してゐる割に性格が出てゐないのが不思議である。著者はあれ程《ほど》性格が書いてあれば沢山ぢやないかと云ふかも知れないが、余の云ふ性格は要吉の特色を指すのである。篇中に書いてあるのは要吉の境遇である。是《これ》は濃く出てゐる。
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