居ると云って罵《ののし》ったそうである。成程《なるほど》真面目《まじめ》に老成した、殆《ほと》んど厳粛という文字を以《もっ》て形容して然るべき「土」を書いた、長塚君としては尤《もっと》もの事である。「満韓ところどころ」抔《など》が君の気色を害したのは左《さ》もあるべきだと思う。然《しか》し君から軽佻《けいちょう》の疑を受けた余にも、真面目な「土」を読む眼はあるのである。だから此序を書くのである。長塚君はたまたま「満韓ところどころ」の一回を見て余の浮薄を憤《いきどお》ったのだろうが、同じ余の手になった外《ほか》のものに偶然眼を触れたら、或は反対の感を起すかも知れない。もし余が徹頭徹尾「満韓ところどころ」のうちで、長塚君の気に入らない一回を以て終始するならば、到底《とうてい》長塚君の「土」の為に是程《これほど》言辞を費やす事は出来ない理窟《りくつ》だからである。
 長塚君は不幸にして喉頭結核にかかって、此間迄東京で入院生活をして居たが、今は養生|旁《かたがた》旅行の途にある。先達《せんだっ》てかねて紹介して置いた福岡大学の久保博士からの来書に、長塚君が診察を依頼に見えたとあるから、今頃は九
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