きい割に、年代が前後数年にわたる割に、周囲に平たく発達したがる話が、筋をくっきりと描いて深くなりつつ前へ進んで行かない。だから全体として読者に加速度《アクセレレーション》の興味を与えない。だから事件が錯綜纏綿《さくそうてんめん》して縺《もつ》れながら読者をぐいぐい引込んで行くよりも、其地方の年中行事を怠《おこた》りなく丹念に平叙して行くうちに、作者の拵《こし》らえた人物が断続的に活躍すると云った方が適当になって来る。其所《そこ》に聊《いささ》か人を魅する牽引力《けんいんりょく》を失う恐が潜《ひそ》んでいるという意味でも読みづらい。然し是等《これら》は単に皮相の意味に於て読みづらいので、余の所謂《いわゆる》読みづらいという本意は、篇中の人物の心なり行なりが、ただ圧迫と不安と苦痛を読者に与える丈《だけ》で、毫《ごう》も神の作ってくれた幸福な人間であるという刺戟《しげき》と安慰を与え得ないからである。悲劇は恐しいに違ない。けれども普通の悲劇のうちには悲しい以外に何かの償《つぐな》いがあるので、読者は涙の犠牲を喜こぶのである。が、「土」に至っては涙さえ出されない苦しさである。雨の降らない代りに
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