土」は出版にならないのだろうと云って、大分長塚君の作を褒《ほ》めていた。池辺君は其当時「朝日」の主筆だったので「土」は始から仕舞迄《しまいまで》眼を通したのである。其上池辺君は自分で文学を知らないと云いながら、其実|摯実《しじつ》な批評眼をもって「土」を根気よく読み通したのである。余は出版界の不景気のために「土」の単行本が出る時機がまだ来ないのだろうと答えて置いた。其時心のうちでは、随分「土」に比べると詰らないものも公けにされる今日だから、出来るなら何時《いつ》か書物に纏《まと》めて置いたら作者の為に好かろうと思ったが、不親切な余は其日が過ぎると、又「土」の事を丸《まる》で忘れて仕舞った。
すると此春になって長塚君が突然尋ねて来て、漸《ようや》く本屋が「土」を引受ける事になったから、序を書いて呉《く》れまいかという依頼である。余は其時自分の小説を毎日一回ずつ書いていたので、「土」を読み返す暇がなかった。已《やむ》を得ず自分の仕事が済む迄待ってくれと答えた。すると長塚君は池辺君の序も欲しいから序《つい》でに紹介して貰いたいと云うので、余はすぐ承知した。余の名刺を持って「土」の作者が池辺
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