君の玄関に立ったのは、池辺君の母堂が死んで丁度《ちょうど》三十五日に相当する日とかで、長塚君はただ立ちながら用事|丈《だけ》を頼んで帰ったそうであるが、それから三日して肝心《かんじん》の池辺君も突然|亡《な》くなって仕舞《しま》ったから、同君の序はとうとう手に入らなかったのである。
 余は「彼岸過迄」を片付けるや否や前約を踏んで「土」の校正刷を読み出した。思ったよりも長篇なので、前後半日と中一日を丸潰《まるつぶ》しにして漸《ようや》く業を卒《お》えて考えて見ると、中々骨の折れた作物である。余は元来が安価な人間であるから、大抵の人のものを見ると、すぐ感心したがる癖があるが、此「土」に於《おい》ても全くそうであった。先《ま》ず何よりも先に、是《これ》は到底《とうてい》余に書けるものでないと思った。次に今の文壇で長塚君を除いたら誰が書けるだろうと物色して見た。すると矢張《やはり》誰にも書けそうにないという結論に達した。
 尤《もっと》も誰にも書けないと云うのは、文を遣《や》る技倆《ぎりょう》の点や、人間を活躍させる天賦《てんぷ》の力を指すのではない。もし夫《そ》れ丈《だけ》の意味で誰も長塚君
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