『土』に就て
――長塚節著『土』序――
夏目漱石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)有《も》たなかった

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)其実|摯実《しじつ》な
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「土」が「東京朝日」に連載されたのは一昨年の事である。そうして其責任者は余であった。所が不幸にも余は「土」の完結を見ないうちに病気に罹《かか》って、新聞を手にする自由を失ったぎり、又「土」の作者を思い出す機会を有《も》たなかった。
 当初五六十回の予定であった「土」は、同時に意外の長篇として発達していた。途中で話の緒口《いとぐち》を忘れた余は、再びそれを取り上げて、矢鱈《やたら》な区切から改めて読み出す勇気を鼓舞しにくかったので、つい夫限《それぎり》に打《う》ち遣《や》ったようなものの、腹のなかでは私《ひそ》かに作者の根気と精力に驚ろいていた。「土」は何でも百五六十回に至って漸《ようや》く結末に達したのである。
 冷淡な世間と多忙な余は其後久しく「土」の事を忘れていた。所がある時此間|亡《な》くなった池辺君に会って偶然話頭が小説に及んだ折、池辺君は何故《なぜ》「
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