余が現在の頭を支配し余が将来の仕事に影響するものは残念ながら、わが祖先のもたらした過去でなくって、かえって異人種の海の向うから持って来てくれた思想である。一日余は余の書斎に坐って、四方に並べてある書棚を見渡して、その中に詰まっている金文字の名前が悉《ことごと》く西洋語であるのに気が付いて驚いた事がある。今まではこの五彩《ごさい》の眩《まば》ゆいうちに身を置いて、少しは得意であったが、気が付いて見ると、これらは皆異国産の思想を青く綴《と》じたり赤く綴じたりしたもののみである。単に所有という点からいえば聊《いささ》か富という念も起るが、それは親の遺産を受け継いだ富ではなくって、他人の家へ養子に行って、知らぬものから得た財産である。自分に利用するのは養子の権利かも知れないが、こんなものの御蔭を蒙るのは一人前《いちにんまえ》の男としては気が利《き》かな過ぎると思うと、あり余る本を四方に積みながら非常に意気地《いくじ》のない心持がした。
『東洋美術図譜』は余にこういう料簡《りょうけん》の起《おこ》った当時に出版されたものである。これは友人|滝《たき》君が京都大学で本邦美術史の講演を依託された際
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