旅日記
種田山頭火
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)吾妻《アガツマ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「王+干」、第3水準1−87−83]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぶら/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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年頭所感――
芭蕉は芭蕉、良寛は良寛である、芭蕉にならうとしても芭蕉にはなりきれないし、良寛の真似をしたところで初まらない。
私は私である、山頭火は山頭火である、芭蕉にならうとも思はないし、また、なれるものでもない、良寛でないものが良寛らしく装ふことは良寛を汚し、同時に自分を害ふ。
私は山頭火になりきればよろしいのである、自分を自分の自分[#「自分の自分」に傍点]として活かせば、それが私の道である。
× × ×
歩く[#「歩く」に傍点]、飲む[#「飲む」に傍点]、作る[#「作る」に傍点]、――これが山頭火の三つ物である。
山の中を歩く、――そこから私は身心の平静を与へられる。
酒を飲むよりも水を飲む、酒を飲まずにはゐられない私の現在ではあるが、酒を飲むやうに水を飲む、いや、水を飲むやうに酒を飲む、――かういふ境地でありたい。
作るとは無論、俳句を作るのである、そして随筆も書きたいのである。
一月一日[#「一月一日」に二重傍線] 二日[#「二日」に二重傍線] 三日[#「三日」に二重傍線] 四日[#「四日」に二重傍線] 五日[#「五日」に二重傍線]……岡山、稀也居。
夫、妻、子供六人、にぎやかだつた。
幸福な家庭。
たいへんお世話になつた。
あんまり寒いので、九州へひきかへして春を待つことにした。
竹原の小西さん夫婦、幸福であれ。
私は新らしい友人を恵まれた。
二月一日[#「二月一日」に二重傍線] 澄太居。
澄太君は大人である、澄太君らしい澄太君である。
私は友として澄太君を持つてゐることを喜び且つ誇る。
黙壺居。
黙壺君も有難い友である。
初めてお目にかゝつた小野さん夫婦に感謝する。
広島の盛り場で私は風呂敷を盗まれた。
日記、句帖、原稿――それは私にはかけがへのないものであり、泥坊には何でもないものである。
とにかく残念な事をした、この旅日記も書けなくなつた、旅の句も大方は覚えてゐない。
やつぱりぐうたら[#「ぐうたら」に傍点]の罰である。
岡山から広島までの間で、玉島のF女史を訪ねたことも、忘れがたい旅のおもひでとならう。
円通寺、良寛和尚。
(二月)
奈良、桂子居。
(二月)
赤穂附近。
二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線] 十二日[#「十二日」に二重傍線] 十三日[#「十三日」に二重傍線]
今日から新らしく書き初める。――
雪、紀元節、建国祭。
黙壺居滞在。
第四句集雑草風景の句箋を書く。
こゝでまた改めて澄太君の温情に触れないではゐない。
二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線]
日本晴、出立。
二月十六日[#「二月十六日」に二重傍線] 十七日[#「十七日」に二重傍線]
場末の安宿にて休養、いひかへると、孤独気分になりきるために。
二月十八日[#「二月十八日」に二重傍線]
ぶら/\歩いて宮嶋まで、そこで泊つた。
二月十九日[#「二月十九日」に二重傍線] 大霜、快晴。
生死去来は生死去来である。
大竹に泊る。
二月二十日[#「二月二十日」に二重傍線] 二十一日[#「二十一日」に二重傍線] 柳井津滞在。
この日、この身、この心。……
二月廿二日[#「二月廿二日」に二重傍線]
白船老を訪ねる、泊れといふのをふりきつて別れる。
雪、雪、酒、酒、泥、泥。
二月廿三日[#「二月廿三日」に二重傍線]
宮市の安宿で感慨無量。
二月廿四日[#「二月廿四日」に二重傍線] 岔水居。
あゝ友はまことにありがたい。
二月廿五日[#「二月廿五日」に二重傍線] 曇つて寒い。
戸畑へ、多々桜君を訪ねる。
二月廿六日[#「二月廿六日」に二重傍線] 廿七日[#「廿七日」に二重傍線] 牡丹雪が降つた、星城子居。
あたゝかなるかな、友のこころ。
こゝで重大事件(二・二五[#「五」に「マヽ」の注記]事件)を知つた。
省みて、自分の愚劣を恥ぢるより外ない。
二月廿八日[#「二月廿八日」に二重傍線]
八幡の人々を訪ねまはる。
井上さん、仙波さん、その他。
二月廿九日[#「二月廿九日」に二重傍線] 雪、霰。
土筆君に招かれて行く。
寝苦しい夜がつゞく、あたりまへだ。
[#ここから3字下げ]
追加
(伊豆海岸、信濃路、その他にて)
また一枚ぬぎすてる旅から旅へ
水の上はつきり春の雲
はてなき旅の遠山の雪ひかる
あれがふるさとの山なみの雪ひかる
街の雑音しづもれば恋猫の月
枯葦の一すぢの水のながれ
春風のテープちぎれてたゞよふ
手から手へ春風のテープ
[#ここで字下げ終わり]
三月一日[#「三月一日」に二重傍線] 緑平居、雪、霜、霙。
緑平老は私の第一の友人だ。
[#ここから3字下げ]
遠山の雪ひかるどこまで行く
[#ここで字下げ終わり]
三月二日
今日は事務家となつて句集発送。
雪、雪、雪だつた。
ヘツドランプ[#「ヘツドランプ」に傍点]をうたふ。
三月三日
酔うて、ぬかるみを歩いて、そして、また飯塚へ、それから二瀬へ。
逢うてはならないKに逢ふたが。
とろ/\どろ/\、ほろ/\ぼろぼろの一日だつた。
死に場所が、死に時がなか/\に見つからないのである!
[#ここから3字下げ]
ふりかへるボタ山ボタン雪ふりしきる
雪ふる逢へばわかれの雪ふる
[#ここで字下げ終わり]
三月四日 岔水居。
何といふ憂欝、歩く外ない。
若松へ、多君に事情を打明けて旅費を借る、そして門司へ。
黎君を訪ねる、理髪、会食、同伴で岔君を訪ふ。
岔水君はうれしい人だ、黎々火君も。
さびしいけれどあたゝかい家庭。
三月五日[#「三月五日」に二重傍線] ばいかる丸。
神戸直航の汽船に乗り込む。
さよなら、黎々火君、さよなら、岔水君よ。
さよなら、九州の山よ海よ。
テープのなげき。
こゝろやすらかな海上の一夜だつた。
三月六日[#「三月六日」に二重傍線] 詩外楼居。
朝、神戸着。
上陸第一歩、新らしい気分であつた。
詩外楼居。
めいろ君を訪ふ。
あたゝかく、ぐつすり睡れた、ありがたかつた。
詩外楼君に感謝する、奥さんにも。
三月七日[#「三月七日」に二重傍線] 詩外楼居。
曇、花ぐもりのやうな。
朝湯のあつさ、こゝろよさは。
めいろ居を訪うて、おいしい昼飯をいたゞく、それから新開地を散歩して、忍術映画見物、馬鹿馬鹿しいのがよろしい。
賀英子嬢をめぐまれためいろ君のよろこびをうたふ――
[#ここから2字下げ]
雛をかざらう
雛のよにうまれてきた
[#ここで字下げ終わり]
何だか寝苦しかつた。
旅の袂草の感想。
三月八日[#「三月八日」に二重傍線] 愚郎居。
雪中吟行、神戸大阪の同人といつしよに、畑の梅林へ、梅やら雪やら、なか/\の傑作で、忘れられない追憶となるだらう、西幸寺の一室で句会、句作そのものはあまりふるはなかつたが、句評は愉快だつた、酒、握飯、焼酎、海苔巻、各自持参の御馳走もおいしかつた。
夕方私一人は豊中下車、やうやく愚郎居をたづねあてゝほつとした、例によつて酒、火燵、ありがたかつた。
雪は美しい、友情は温かい、私は私自身を祝福する。
[#ここから2字下げ]
・暮れて雪あかりの、寝床をたづねてあるく
・木の葉が雪をおとせばみそさゞい
・雪でもふりだしさうな、唇の赤いこと
・春の雪ふるヲンナはまことにうつくしい
・春比佐良画がくところの娘さんたち
・からたちにふりつもる雪もしづかな家
追加一句
みんな洋服で私一人が法衣で雪がふるふる
[#ここで字下げ終わり]
三月九日[#「三月九日」に二重傍線] 愚郎居。
晴、雪はまだ消えない、春の雪らしくもなく降りつもつたものだ。
整理、裂く捨てる、洗ふ。
朝湯朝酒とはもつたいない、今日にはじまつたことではないけれど。
ほろよい人生[#「ほろよい人生」に傍点]、へゞれけ人生であつてはならない、酒、酒、肴、肴と御馳走責めにされた、奥さんの手料理はおいしい。
夜はSさん来訪、書いたり話したり笑つたり。
[#ここから2字下げ]
・火燵まで入れてもろうて猫がおさきに
(愚郎居)
・雪あかりの日あかりの池がある畑がある
[#ここで字下げ終わり]
三月十日[#「三月十日」に二重傍線]
比古君の厄介になる。
比古君は私にピタリと触れてくれる、うれしかつた。
奥さんに連れられて、大阪劇場で、松竹レヴユー見物、まことに春のおどり!
夜は新町でのんきに遊ぶ。
[#ここから2字下げ]
・こどもに雪をたべさしたりしてつゝましいくらし
・きたない池に枯葦の葉も大阪がちかい
・春風の旗がはた/\特別興行といふ
・うらはぬかるみの、女房ぶりの、大根やにんじん
・雲のゆききのさびしくもあるか
[#ここで字下げ終わり]
三月十一日[#「三月十一日」に二重傍線]
ほつかり覚める。
新町のお茶屋の二階、柄にもない。
比古君が方々を連れ歩いてくれる。
汁といふ店で汁を食べた、さすがに大阪だと思つた。
夜はまた新町へ。
三月十二日[#「三月十二日」に二重傍線] 曇。
ぶらつくうちに日が暮れた。
比古居、蔵の中に寝せて貰ふ、よかつた、よかつた。
三月十三日[#「三月十三日」に二重傍線]
今日も遊び暮らす。
三月十四日[#「三月十四日」に二重傍線] うらゝか。
松平さんと同行して、街はづれのお宅へ、しづかな生活であつた。
石仏図を観せて貰ふ、松平さんは尊敬すべき画家だ。
三月十五日[#「三月十五日」に二重傍線] 滞在。
比古君、印君来訪。
終日歓談。
三月十六日[#「三月十六日」に二重傍線] まつたく春。
十時出立、松原まで歩いて、そこからは電車で富田林に後藤さんを訪ふ、泊めて貰ふ。
弘川寺の西行塚[#「弘川寺の西行塚」に傍点]に詣でる。
近在には古蹟が多い、楠公の遺蹟も所々にある。
田園風景がうらゝかだつた。
[#ここから2字下げ]
滝池山弘川寺
[#ここから3字下げ]
西行堂 木像、伝文覚上人作
西行塚 円信上人、西行法師のことなり
似雲法師の墓
[#ここで字下げ終わり]
三月十七日[#「三月十七日」に二重傍線] 曇、時々雨。
八時出立、京都へ。
柏原まで電車、そこから歩く。
瓢箪山。
河内平野、牛はふさはしい。
枚方で泊る、うるさい宿だつた。
小楠公の墓、大樟。
淀川風景はよい。
三月十八日[#「三月十八日」に二重傍線] 曇、肌寒い、彼岸入。
早起出発。
石清水八幡宮。
或るお婆さん、二銭の喜捨拝受。
電車で京都へ、北朗居にころげこむ。
北朗君と同道して陶工石黒さんを訪ねる。
寸栗子翁の訃を聞いて驚く、いよ/\近火を感じる。
夕方、みんないつしよに――奥さんも子供さんも――南禅寺境内の豆腐料理を賞味する、さすがにおいしかつた。
京都の豆腐はうまい。
夜は別れて一人、新京極を散歩する、そしてそこに寝てしまふ。
――飲む食べる、しやべるふざける、――それだけが人生か!
三月十九日[#「三月十九日」に二重傍線] 晴。
朝は寒く昼は暖か。
どこといふあてもなく、歩きたい方へ歩きたいだけ歩いた。――
八坂の塔、芭蕉堂、西行庵、智恩院、南禅寺、永観堂、銀閣寺、本願寺、等々等。
桂子さんから速達で手紙を受取つた、何だか誤解されてゐる、嫌な気持になつた。
夜の北朗居は賑やかだつた、句会といふよりも坐談会だつた。
仙酔楼君と逢ふ、まことにしばらくだつた。
世間はうるさいね、女もうるさいね。
こだはるなかれ。
自分の信ずる道
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