町に着いた時はもう三時、もりそばを味はひ銘酒を味つた。
信濃は一茶がうたつてるやうに、蕎麦の名物を誇つてゐるが、とりわけ、戸隠蕎麦(いはゆる更科蕎麦)浅間蕎麦(浅間山麓一帯の田舎蕎麦)がうまいさうである、私も幸にして浅間蕎麦は再三御馳走になつたことである。
また/\父子草居[#「父子草居」に傍点]――これは私の命名――の食客となつた。
夜は最後の一夜といふので、みんないつしよにしみ/″\と語つた、一期一会の人生ではあるが、縁あらばまた逢へるであらう。
うつくしい夕焼が旅情を切にしたことも書き落してはならない。
物みな可かれと祈る。

 五月廿一日[#「五月廿一日」に二重傍線] 快晴。

いよ/\出立だ、朝早くから郭公がしきりに啼く。
八時、岩村田の街はづれまで江畔老が見送つて下さる、ありがたう。
さよなら、さよなら、ほんたうに関口一家は親切な温和な方々ばかりであつた、羨ましい家庭であつた。
御代田駅まで歩く、一里半、沓掛まで汽車、それから歩けるだけ歩いた。
長倉山の頂上、見晴台の見晴らしはすばらしかつた、山また山である、浅間は近く明るく、白馬は遠く白く眺めて来たが、こゝでは高い山低い山
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