れからそれへ
・更けてもう/\とわきあがるもののしゞま
   万座峠
・霧の底にて啼くは筒鳥
・山路なつかしくバツトのカラも
・ふきのとうも咲いてほほけて断崖
・ごろりと岩が道のまんなかに
・あんなところに家がある子供がゐる犬がほえる(追加)
   内山へ
・霧雨しくしく濡れるもよろしく
・けふは街へ下る山は雨
・八重ざくらうつくしく南無観世音菩薩像
・かつこう啼いて霽れさうなみどりしづくする
・こんやの寝床はある若葉あかるい雨
・このみちがをなごやへ霽れさうもないぬかるみ
・こゝろおちつかない麦の穂のそよぐや
・つめたい雨が牡丹に、牡丹くづれる
・ころびやすうなつたからだがころんだままでしみ/″\
・明けるとかつこう家ちかくかつこう
・すぐそこでしたしや信濃路のかつこう
・崖から夢のよな石楠花で
・ゆふべ啼きしきる郭公を見た
・観てゐる山へ落ちかゝる陽を見る
・これが胡桃といふ花若葉くもる空
・ちよいちよい富士がのぞいてまつしろ
・つかれもなやみもあつい湯にずんぶり(追加)
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 五月廿六日[#「五月廿六日」に二重傍線] 曇、后雨。

未明起きてすぐ湯にはいる、朝湯の快さは何ともいへない。
さすがに高原、肌寒い、霧雨が降つてゐる、もことしてあたりが暗い。
今朝はしゆくぜん身心の新たなるを覚えた、私はやうやくまた一転化の機縁が熟してきたことを感じる。
七時出発、長野へ向ふ、身も心も軽い、霧雨しつとり、濡れよとままだ。
万座川の水声、たちのぼる湯けむり、残雪のかゞやき、笹山うぐひすのうた、巨木のすがた、小草のそよぎ、――ゆつたり歩く。
万座峠(山田峠ともいふ県界)の頂上まで半里、それから山田温泉まで下り三里。
雪も残つてをり、破損したところもあるけれど、しづかなよい道、らくな道、好きな道であつた。
岩かゞみ草などがちらほら眼につく、莟はまだ堅い、いろ/\の小鳥がほがらかにさえづつてゐる、しづかな木立、きよらかな水音、くづれた炭焼小屋、ふきのとう、わらび、雑木の芽、落葉松の若葉はこまやかに、白樺の肌は白うかゞやく。
虎杖橋附近の眺望はよかつた、松川谿谷美の一景。
七味橋、それを渡つたところに湯宿一軒、七味温泉と呼んでゐる。
さらにまた五色温泉がある、こゝも宿屋一軒、めづらしいのは河原湯(野天風呂)である、だんだん里近くなる。
雑木山のうつくしさよ、青葉若葉の青さ、せぐりおちる谷水の白さ、山つゝじの赤さ。
道は広くてよいけれど、山崩れがあつて道普請が初まつてゐる。
ほどなく山田温泉に着いた、まさに十二時、薬師堂があつて吉野桜が美しい。
山田温泉場はこぢんまりとして、きれいに掃き清められてゐる、そこがかへつて物足らないやうにも感じられる。
高井橋といふ吊橋も立派なものである。
バスが通う[#「う」に「マヽ」の注記]、一路坦々としてすべるやうに須坂へ向ふ、道ばたに蒲公英が咲きみだれてうつくしい。
子安橋、樋沢橋、千曲川が遙かに光つて見える、郭公が啼きつゞける。
途中、酒屋に寄つて一杯また一杯。
須坂まで三里、さらに西風間まで三里、バスも電車も都合よくないので歩く。
晴れそうであつたが降つて来た、小雨だから濡れるままに濡れる。
妙高、黒姫、戸穏[#「穏」に「マヽ」の注記]の山々が好きな姿を見せたり消したりする。
千曲川を渡る、村上橋は堂々たるものである、もう長野は遠くない。
やうやく北光居をおとづれる、すぐ着換へさせて下さる、手織木綿らしいぎこちなさが却つて温情と質実とを与へる、やれ/\よかつた/\ありがたい/\。
(今日は強行で十里近く歩いたのである)
再び信州に入つて上野をふりかへると、そこに多少の感想がある――
上洲[#「洲」に「マヽ」の注記]から信州へはいつてくると明るくなつたやうだ(白根から万座峠を下つて)、概して道がよろしい、道標がしんせつに建てゝある、旅人はよろこぶのである。
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青く明るく信濃の国はなつかしきかな
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秋山部落の話(北光君から聞く)
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平家の残党――秋山美人――
(離れておくれてゐたのが現今では最も新らしい)
――東京へ女給として進出、モダンガール。

   (信濃から越後へ)
・こゝから越後路のまんなかに犬が寝てゐる(関川にて)
・ゆれてゐるかげは何の若葉をふむ
・飲んで食べて寝そべれば蛙の合唱(迂生居即事)
・首だけある仏さまを春ふかき灯に(  〃  )
・ガラス戸へだてて月夜の花が白い(  〃  )
・めづらしく棕梠が咲いてゐて少年の夢(追憶)
・砂丘のをんなはをなごやのをんなで佐渡は見えない(日本海岸)
   柏原にて
・ぐるりとまはつてきてこぼれ菜の花(土蔵)
・若葉かぶさる折からの蛙なく(墓所)
・孫のよな子
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