待ちぼけか!
どしや降りの中をポストまで出かけたついでに樹明君を学校に訪ねる、先日の手伝賃を貰ふ、ありがたう、助かつた、さつそく一杯ひつかける、買物をする、そのまゝ戻つた。
緑平老から句集を頂戴する、ほんによい句集、いかにも緑平らしい句集だ、雀の句にはとても好きなのがある。
寝苦しかつた、すなほになれ[#「すなほになれ」に傍点]、無理をするな[#「無理をするな」に傍点]!
[#ここから1字下げ]
今日の買物
弐十弐銭 酒
十弐銭 煙草
七十銭 米
十七銭 麦
十八銭 石油
五銭 胡瓜
[#ここで字下げ終わり]
六月廿五日[#「六月廿五日」に二重傍線] 曇――晴。
水音、水音、水音はよいかなよいかな。
矛盾[#「矛盾」に傍点]――私の矛盾は私自身で解消せしめなければならない、強い意志と直き実行[#「強い意志と直き実行」に傍点]とが解消してくれる、強くなれ、直くあれ。
午後、散歩がてらポストへ、途中、一杯ひつかけたいのをぐつと抑へて、その代りに四句拾うて戻つた!
くちなしを活ける、かんざうをも、――どちらも好きな花である。
梅雨寒といふのでもあらう、なか/\寒い、綿入を出して着た。
腹が空つては句も作れない、今日はあたりまへに三度の御飯を食べた、朝のお菜は筍、昼は胡瓜、晩は豆腐、これでも私には御馳走だ!
[#ここから1字下げ]
今日の食費
一金拾六銭 米麦代
一金五銭 副食物代
合計二十一銭、一食七銭也。
[#ここで字下げ終わり]
六月廿六日[#「六月廿六日」に二重傍線] 快晴。
早起、梅雨晴、どうやら梅雨もあがつたらしい。
今日も郵便は来ないのか、誰か来ないかな。
午前、暮羊君徃訪、酒によばれ新聞を貸して貰ふ。
午後、暮羊君来訪、四方山話。
散歩がてらポストへ、そして……あゝ。……
六月廿八日[#「廿八日」はママ] 晴。
――どんなに私が愚劣であつたかは、事務室へまで押しかけて、かつて怒つたことのない樹明君を怒らしたことでも解る、何といふ愚劣だらう、あゝ私は樹明君に何と詫びたらよからう。――
乱酔して、昨夜も 今夜もW店に倒れてゐた。
六月廿八日[#「六月廿八日」に二重傍線] 晴。
庵中独坐、自責に堪へないで苦悩するばかりだつた。
六月廿九日[#「六月廿九日」に二重傍線] 晴。
自省自戒。
妄執を払拭せよ。
[#ここから1字下げ]
・珍問答
お月さんですよ!
小鳥でございます。
・すゞしく鼻毛をぬいてもらふ。
[#ここで字下げ終わり]
六月卅日[#「六月卅日」に二重傍線] 曇。
すこし落ちつく、身辺を整理する。
青山青白雲白[#「青山青白雲白」に傍点]、――私の境地はこゝにある。
夏蝉が鳴きだした。
七月一日[#「七月一日」に二重傍線] 曇――晴――曇。
新一歩[#「新一歩」に傍点]。――
早起して、清掃、洗濯。
おちついて読書。
梅雨模様だけれど私は晴れつゝある。
酒に執するなかれ[#「酒に執するなかれ」に傍点]、たゞ酒に執しない様にと私は私に願求、私には名利の慾望はあまりない、ないといつてもよいぐらゐだ、酒が飲みたい、――これが私の慾であり癌である、私はほんたうに酒を味ふやうになりたい、ならなければならない。――
句には執してもよい、それが私の生きぬく道[#「私の生きぬく道」に傍点]でもある、私は酒に於て[#「私は酒に於て」に傍点]、そして句に於て私の宿業を感じる[#「そして句に於て私の宿業を感じる」に傍点]、感ぜざるを得ないのである[#「感ぜざるを得ないのである」に傍点]。――
行乞の仕度をする、近々旅に出ようと思ふ、旅は私を新たにする(酒は私を甘やかしすぎる)。
行乞しなければいけない、行乞は私を深める(酒は私を狂はしめる)。
私は落ちついた、このしづけさは嵐のあと[#「嵐のあと」に傍点]のそれだ、私は先日慟哭した、あふれる涙が身心を洗ひ浄めた。
強い人間であれ[#「強い人間であれ」に傍点]。――
知足安分の境地、何よりも貪る心[#「貪る心」に傍点]があさましい、酒に対する私の態度は何といふ醜さぞ。
断乎として節酒減食[#「節酒減食」に傍点]を実行する。
中村さんが山口からの帰途来訪、慰忠魂菓子(板垣陸相供ふるところの)お裾分を頂戴した、そしていつものやうに、貧乏の話、文学の話、戦争の話をしておとなしく別れた。
終夜不眠(夜中眠れないなどゝいふことがあるべきでない、食べる物がうまくないことがあつてはならないやうに)。
七月二日[#「七月二日」に二重傍線] 曇。
いよ/\梅雨晴らしい。
朝蝉のよろしさ、藪蚊のにくさ。
飯が足らないので(米もないので)、筍粥にしていたゞく。
過去一切を清算せよ[#「過去一切を清算せよ」に傍点]、しなけれ
前へ
次へ
全8ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング