もないが、牧水の門人としてのMさんの心意気が見えてうれしい、殊に傍書の「白玉の」の歌はうれしい。
昨日とおなじバスで柳井へ戻り、文友君の店を襲うた、そしてあたゝかい歓待をうけた、ありがたかつた。
六時の汽車で運ばれて、無事帰庵、めでたし/\。
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帰来無別事
雑草茫々
浮塵寂々
中国のよろしさ
ありがたい人情
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六月五日[#「六月五日」に二重傍線] 曇。
更けて戻つて、そのまゝ寝た。
何といふ寂しさだらう。
どこにゐても落ちつけない私ではある。……
六月六日[#「六月六日」に二重傍線] 晴、曇、晴、曇。
Mさんから貰つて戻つた酒があるので樹明君を招待する、折よく敬君も一樽持参で来てくれて、久しぶりに三人で快飲歓談した、かういふ会合が人生にめつたにあるものではない、うれしかつた、ことにおとなしくこゝろよく別れたのがよかつたよかつた!
六月七日[#「六月七日」に二重傍線]――十日[#「十日」に二重傍線]
――なやましい、せつないといふより外はなかつた、私は私を見失つてしまつた、ぢつと死を見つめてゐた。――
六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線] 曇、梅雨入。
やつと起きあがつて、身のまはりをかたづける。
敬君、出張の途中ちよつと来庵。
街へ出かける、うどん玉でも買うて来て食べよう。
胡瓜は一本だけ助かつて、四本は枯れてしまつた、肥料が不足なのか、それとも足りすぎたのか。
雑草がやたらにはびこる、荒地野菊ののさばりざまはどうだ。
螢がとぶ、こほろぎが鳴く。
筍がによき/\のぞきだした。
夕方、暮羊君来庵。
六月十二日[#「六月十二日」に二重傍線] 梅雨らしく。
早起、身辺整理。
落ちついて紫蘇茶一杯。
今日もうどん。
仔を奪はれて、下の家の牛が悲しい声で鳴きつゞけてゐる、主人もいぢらしく思うて、連れだして草をたべさせてゐる。
降る降る、漏る漏る。
……やりきれなくなつて出かける、むちやくちやに飲み歩くほどに、トラどころぢやないタンクになつてしまつた。……
六月十三日[#「六月十三日」に二重傍線] 雨。
動けない、食べないで寝てゐた。
六月十四日[#「六月十四日」に二重傍線] 曇。
ぢつとしてゐられなくなり、農学校へ出かけて、みんないつしよに飲む、酔うてW店に泊つた。
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・手と手
妙な握手[#「妙な握手」に傍点]
・夾竹桃
・泰山木
・藪柑子
・かなめの芽
――
――
・ひよどり
・頬白
・きつつき
・ひたき
・みそさゞい
――
――
[#ここで字下げ終わり]
六月十五日[#「六月十五日」に二重傍線] 雨。 六月十六日[#「六月十六日」に二重傍線] 曇。
苦しい、苦しい、苦しい、……Nさんを訪ねる、酒!
六月十七日[#「六月十七日」に二重傍線] 雨。
Kから返事が来た、涙なしでは読まれない。
払へるだけ払ふ、そしてほどよく飲んで酔うて、そしてまたW店の厄介になつた。
六月十八日[#「六月十八日」に二重傍線] 雨、のち晴。
労れてはゐるけれど、樹明君に頼まれて事務を手伝ふ、そして共に宿直室に泊る。
六月十九日[#「六月十九日」に二重傍線] 曇。
今日も手伝ふ、午後帰庵してほつとした。
六月廿日[#「六月廿日」に二重傍線] 雨。
死ぬにも死ねないみじめさ[#「死ぬにも死ねないみじめさ」に傍点]である。
六月廿一日[#「六月廿一日」に二重傍線] 雨。
無言行をつゞける。
六月廿二日[#「六月廿二日」に二重傍線] 雨、夏至。
おなじく。――
いかに生くべきか[#「いかに生くべきか」に傍点]、かうしてゐて私はどうするのか、どうなるのか、考へてゐたところで、どうにもならない私ではないか。
自己の純化[#「自己の純化」に傍点]、生活の正しさ[#「生活の正しさ」に傍点]、建て直せ[#「建て直せ」に傍点]、建て直せ[#「建て直せ」に傍点]!
時代の認識[#「時代の認識」に傍点]、人生の真実[#「人生の真実」に傍点]、私は再出発する外ない[#「私は再出発する外ない」に傍点]!
六月廿三日[#「六月廿三日」に二重傍線] 曇。
窮すれば通ず、といふ、やうやく転一歩した、さらに転一歩しよう、しなければならない。
五日ぶりに外出、W店へ筍を持つていつてあげる、飲まないで戻つたのは上出来だつた。
文字通り一文なし、それでも落ちついてをれる。
一切放下着[#「一切放下着」に傍点]、水の湧くやうに、溢れるやうに流れるやうに。
六月廿四日[#「六月廿四日」に二重傍線] 雨、雨、雨。
食べるものがない、何もかもなくなつた、ぢつとして雨を観てゐた。……
今日も郵便は来ないのか、今日も
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