ばならない[#「しなければならない」に傍点]。
手紙を書く、樹明君へ、そしてKへ、書きをへてほつとした、こんな手紙は書きたくない、書いてはならない。
ポストへ、五日ぶりの外出、W店で飲む、空腹と睡眠不足のためだらう、たいへん酔うた、酔うて彷徨した、とうたう倒れてしまつた。……
七月三日[#「七月三日」に二重傍線] 晴――風――曇。
朝酒一本飲んで戻つた。
戦時的色彩が日にまし濃厚になる、私もひし/\と時局を感じる、しみ/″\戦争を感じる。
土方母堂、そしてリユシコフ将軍の新聞記事が胸をうつた、あゝ人間。
自然はよいかな[#「自然はよいかな」に傍点]、芸術はありがたいかな[#「芸術はありがたいかな」に傍点]。
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山頭火に与ふ
酔中の自己打診
自己批判
自己忠告
生死の一線
彷徨
超越
逍遙
[#ここで字下げ終わり]
七月四日[#「七月四日」に二重傍線] 曇、時々微雨。
早起したが食べるものはない、番茶を飲むだけ。
絶食、――思索、――読書、――句作。
Kから女子出産、母子共健全とのたよりがあつた、めでたしめでたしと独り言をいふばかりである!
雑草を活ける、甘草はよろしいな、いぬころ草は可愛いな。
暮れてから、暮羊君来訪、暫時俳談。
夜は空腹も忘れて、近作の推敲に一心だつた。
七月五日[#「七月五日」に二重傍線] 雨。
寝床の中へまで雨が漏つてきたので、びつくりして、詮方なしに起きたが、まだ夜が明けない、裏の棚田で水鶏がせつなげに啼いてゐた。……
落ちついて紫蘇茶一杯すゝつて読書。
うれしいたよりが二つ、一つはKから、そして一つは樹明君から。――
山口へ行く、三月ぶりだ、折よく来てくれたバスに乗つて、まづ一杯、また一杯、また/\一杯。
買へるだけ買ふ、――といつても僅かだが、――持ちきれないほどの品物を持つて、雨の中を戻つた、大出来、大出来!
また街へ、また買物。
ゆつくり晩酌をやつてゐるところへ、暮羊君来庵、いさゝかの酒を酌みかはしながら俳談する。
それからまた/\街へ、払へるだけ払ふ、そして飲めるだけ飲む。……
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○象徴詩[#「象徴詩」に傍点]としての俳句
俳句の象徴性
○俳句は気合[#「気合」に傍点]のやうなものだ、禅坊主の喝[#「禅坊主の喝」に傍点]のやうなものだと思ふ。
○自己に徹することが自然に徹することだ[#「自己に徹することが自然に徹することだ」に傍点]。
自然に徹するとは空の世界[#「空の世界」に傍点]を体解[#「解」に「マヽ」の注記]することである。
[#ここで字下げ終わり]
七月六日[#「七月六日」に二重傍線] 雨。
……いつのまにやら、どうしてやら、ちやんと帰つて来て寝てゐた。……
今日も山口へ行く、ハイカイコジキだ、つらいね。
W君もH君もN君も不在、H君には逢へた、小学校はよいな、参観してゐると涙ぐましくなる。
湯田はよいとこ(たゞ温泉がある故に)、酔うてとうたうS屋に泊る、いやなおかみさんだけれど、宿そのものは悪くない。
おかげでぐつすり、ほんにぐつすり睡れた。
七月七日[#「七月七日」に二重傍線] 曇――雨。
朝酒は止めて、一浴して歩いて帰つた。
日支事変一周年、正午のサイレンと共に黙祷、あゝ……あゝ。
夕方、樹明君と敬君と同道して来庵、うれしかつた、酒とビフテキとの御馳走を頂戴する、内證内證!
七月八日[#「七月八日」に二重傍線] 雨――曇。
早すぎるけれど早く起きた、短夜がまだ長すぎる、年はとりたくないものだ、朝酒の御馳走をいたゞく。
落ちついて読書。
欝欝たへがたくして、――酒まで苦い!
七月九日[#「七月九日」に二重傍線] 晴。
朝寝だつた、霄[#「霄」に「マヽ」の注記]れわたつた大空を昇る太陽!
いよ/\梅雨もあがつたらしい、暑くなつた、すこしぢたばたすると汗びつしよりになる、いよ/\夏だ。
旅、旅、行乞、行乞、山頭火、山頭火。
愛国婦人会の本部から来信、傷病将士慰安のために書画展覧会を開催するから、彩筆報国の意味で寄贈せよとの事、私は喜んで、ほんたうに喜んで寄贈する、それだけでも私の自責の念はだいぶ救はれる、ありがたいと思ふ。
心も軽く身もかろく、あたりを整理する。
ちよつと街へ出かけて、米と油を買ふ。
もう裸がよくなつた、裸で勉強する。
まつたく不眠、蛙のコーラスも悪くないな。
七月十日[#「七月十日」に二重傍線] 晴――曇――雨。
未明起床、夜が朝となる景象を観賞する、不眠の余得とでもいはうか。
早朝、訪問者があつて、風呂の売物はないかと訊ねる、それも面白かつた。
今日も好晴(夕方くづれたけれど)、炎天らしくなつて照りつける、私は冬が嫌ひなだけ夏が
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