好きだ。
暮羊君来訪、そして暮羊居徃訪、カン/\帽(むろん去年の)を頂戴した。
澄太君へ送るべき原稿を書きあげてポストへ、帰途、W店に寄ると、Tといふのんべい[#「のんべい」に傍点]さんがゐる、いつしよに飲む、飲むより酔ふた、酔うたけれど乱れなかつた。
愛国婦人会へ寄贈すべき半切の画箋紙を暮羊君から寄贈して貰つた。
労れて酔うて熟睡した、めでたし/\。

 七月十一日[#「七月十一日」に二重傍線] 晴。

今日は遺骨を迎へる日である。
十時のバスで山口へ行く、一張羅を質入して、やうやく小遣をこしらへて、――理髪する、温泉にはいる、一杯ひつかける、――山口駅は儀仗兵やら遺族やら、大衆やらが炎天の下にたたずんで待つてゐる、私もその一人となる、暑い暑い、ばら/\雨が天の涙[#「天の涙」に傍点]のやうに落ちる!
十二時過ぎて、その汽車が着いた、あゝ二百数十柱! 声なき凱旋、――悲しい場面であつた。
白い函の横に供へられた桔梗二三輪、鳩が二三羽飛んで来て、空にひるがへる、すすり泣きの声が聞える、弔銃のつゝましさ、ラツパの哀音、――行列はしゆく/\として群集の間を原隊へ帰つて行つた。……
一応帰庵して、五時の列車でSへ、四月ぶりの徃訪であつたが、まるで叱られにいつたやうなものであつた、泰山木が咲いてゐた、私の好きな花、そしてなつかしい花。
土蟹、蛙、水鶏の声、水音、物みなしづかでおちついてゐる、私の心臓だけがあはたゞしい!
酒、酒はうまい。
一杯機嫌で、愛国婦人会から申込まれてゐた半切と短冊とを書きあげる(傷病将士慰問、書画即売、展覧会の一部として、私は喜んで書いて贈るのである)、慰安するのでなくて[#「慰安するのでなくて」に傍点]、かへつて慰安されるのだ[#「かへつて慰安されるのだ」に傍点]!
自己嫌忌、自己嘲罵がこみあげてくるが、幸にして酔うて熟睡することが出来た。
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途上見聞の一、
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日の丸をふりまはす子供に母親が説き諭してゐる。――
今日はバンザイではありませんよ[#「今日はバンザイではありませんよ」に傍点]、おとなしくお迎へするんですよ。
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血縁の重苦しさよ[#「血縁の重苦しさよ」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]

 七月十二日[#「七月十二日」に二重傍線] 曇――晴。

早起すぎるけれど起きる、五時をちよつとまはつたところだ、そこらを散歩する。
蛙は愛嬌者だが、蟹もなか/\の愛嬌者だ。
大崎の郵便局まで出かける、玉祖神社に参拝。
神域の清らかさ、朝酒臭いのが恥づかしい。
一時の汽車で帰省、味噌と浴衣と小遣とを貰つて、どの駅にも帰宅する遺骨を迎へる人々、また暗涙をそゝられる。
夕方散歩、W店に寄る、K老人が飲んでゐる、いつしよに飲みかはすうちにたうとう寝入り込んでしまつた。
飲仲間[#「飲仲間」に傍点]! 私の仲間、K老人もその一員である。

 七月十三日[#「七月十三日」に二重傍線] 雨。

朝飯を御馳走になつて、跣足で戻つた。
昨日の今日[#「昨日の今日」に傍点]で、身心が何となく重苦しい、罰だ、罰は甘んじて受けなければならない。
物資統制、価額[#「額」に「マヽ」の注記]公定、等々で戦時色が日にまし濃厚になる、私もまた日にまし生活の窮迫に苦しむ、だが、物心総動員[#「物心総動員」に傍点]の秋だ、誰でもが頑張らなければならない。
窓にちかく竹の子が枝を葉をひろげる。
どこからともなく、いつからともなく鼠がやつて来て、いたづらをする、鼠よ、食べる物のあるところへ行きなさい!
ポストまで出かけて、いろ/\買物をする、米、麦、石油、豆腐。……
自動車に轢かれて、小犬が断末魔の悲鳴をあげてゐる、見るにたへない、聞くにたへなかつた。
夏水仙を持つてかへつて活ける、楚々として純白な美しさ。
生れて初めて糠味噌[#「糠味噌」に傍点]をこしらへる、少々塩が利きすぎたが、うまく出来た、さつそく茄子を漬ける。
今日は楽しい日だつた、今日は今日の幸福[#「今日の幸福」に傍点]を味はつた、有難い一日であつた。
夕、敬君来庵、間もまく[#「間もまく」はママ]、酒と肴とを持つて暮羊君来庵、三人でつゝましくたのしく飲んだ。
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私はよく物を貰ふ、人がよく物を下さる。
私は何でもありがたく頂戴する。
私は物貰ひ[#「物貰ひ」に傍点]に出来てゐる人間だらうか。

恩に狎れてはいけない。
人情に甘えてはならない。
[#ここで字下げ終わり]

 七月十四日[#「七月十四日」に二重傍線] 晴、曇。

早起、花を剪る、車百合は床の壺に、夾竹桃は仏前に。
身辺整理。――
Sから貰つた味噌を食べる、何だか涙ぐましくなつた。
いろ/\のたよりを受取る、いろ/\のたよりを発送する。

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