りすゝつたのに過ぎないが、それでもそのおかげでよく睡れた。

 四月廿七日[#「四月廿七日」に二重傍線] 曇――雨。

水のにじむやうに哀愁が身ぬちをめぐる、泣きたいやうな、そして泣けさうもない気持である。
しづかな雨、憂欝な私、――ふさぎの虫[#「ふさぎの虫」に傍点]めがあばれようとする。
柿の若葉のさわやかさ、要[#「要」に「マヽ」の注記]若葉のあざやかさ。
午後、暮羊君来談。
今夜は不眠で苦しんだ、詮方なく読書。
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旅は私にあつては生活の切札だ[#「生活の切札だ」に傍点]!
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 四月廿八日[#「四月廿八日」に二重傍線] 曇――晴。

――やうやくにして落ちついたことは落ちついたが、身心の不調はいかんともなしがたい。――
散歩、山は野は春たけなはである、山にはつゝじが咲きみだれ、燕は季節の鳥としてひらり/\、嘉川まで行つた、Iさんに逢ふ、米一升三十四銭、麦一升十九銭。
蕗を剥ぎつゝ思ひ出が尽きない。
畑を耕す、茄子胡瓜を植ゑつけて置かう、誰のために!
春寒、ランプもつけないで宵から寝た。……
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あるときは生きむとおもひあるときは
   死なむとおもふおのれをむちうつ
[#ここで字下げ終わり]
日本が――世界も――さうであるやうに、私自身も転換期[#「転換期」に傍点]に立つてゐる、生死に直面してゐる、最後のあがきだ、私は迷うてゐる、どうすればよいのか、どうしなければならないのか。……

 四月廿九日[#「四月廿九日」に二重傍線] 晴。

天長節、日本晴だ、めでたし。
とにかく落ちついた、めでたし、めでたし。
アメリカからありがたいたより、Kさんありがたう。
眼白がすばらしくうまいうたをうたうてくれる。
つゝましく、ひたすらつゝましく。
麦飯をいたゞく、ありがたし、ありがたし。
散歩、棕梠の花房[#「棕梠の花房」に傍点]が私を少年時代にひきもどした。
ふくろうが近寄つて来て、すぐそこの木で啼く、私はしんみり読み書きする。

 四月卅日[#「四月卅日」に二重傍線] 晴。

転一歩[#「転一歩」に傍点]。――
好晴、好季節、幸にして海のあなたからの好意で湯田へ行くことが出来た、久しぶりにのんびり熱い湯に浸つた、そしてぞんぶんに飲んだ(正味一升は飲んだらしい!)、くたびれてS屋に泊つた。
まことによい一日一夜であつた、Kさんにあつくお礼を申上げる。――
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幸福とは幸福と思ふことそのこと、不幸とは不幸と思ふことそのことであるともいへるが、幸福と思はせ、不幸と思はせるものは何か、さういふ心そのものは何であるか。

無我無心の境地[#「無我無心の境地」に傍点]
「万葉集から」

初心者のために
 ○自由律俳句入門
俳句性研究として
 ○句作雑感
山頭火通信
 ○其中消息
乞食井月[#「乞食井月」に白三角傍点]

事実と真実――
 ことしもけふぎりの米五升[#「五升」に白三角傍点]
自然と芸術――
 誰を待つとてゆふべは萩のしきりに[#「しきりに」に白三角傍点]こぼれ

「孤寒抄[#「孤寒抄」に白三角傍点]」  ┌銃後風景
       │逍遙遊
「天青地白」 └旅で拾ふ
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私に出来る事はたつた二つしかない、
酒を飲むこと[#「酒を飲むこと」に傍線]、句を作ること[#「句を作ること」に傍線]、
飲んでは苦しみ、苦しんでは飲む、食ふや食はずで
句作する、まことに阿呆らしさのかぎりだ、
業《ゴウ》、業、業。

  遺骨を迎へて
ぽろぽろ流れる汗が白い函に
馬も召されておぢいさんおばあさん
[#ここで字下げ終わり]



底本:「山頭火全集 第八巻」春陽堂書店
   1987(昭和62)年7月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2010年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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