なごと話がつきない
・道しるべが読めないかげろふもゆる
・たたへて春の水としあふれる
・牛をみちづれにうららかな峠一里
・放たれて馬は食べる草のなんぼでも
・紫雲英や菜の花やふるさとをなくしてしまつた
・春風、石をくだいてこなごなにする
・うらうらこどもとともにグリコがうまい
・今日の日をおさめて山のくつきりと高く
・朝月落ちかゝる山の芽ぶいて来た
・噴水を見てゐる顔ののどかにも
・春のおとづれ大[#「大」に「マヽ」の注記]鼓たたいて何を売る
・ひとり山越えてまた山
[#ここで字下げ終わり]

 三月十八日 晴、霜、彼岸入、別府。

早々出立、ぶら/\歩いて南へ、南へ、うらゝかすぎるうらゝかさだ。
北馬城を過ぎ立石で辨当行李を開く、茶店の若いおかみさんの自慢話も興が深かつた。
巡礼の親子三人連れ、子供がいちばんうらゝかだ。
亀川まで汽車、賃四十七銭は惜しかつたが、――亀川にはほどよい宿が見つからないので、電車で別府へ、F屋に地下足袋を脱ぐ、さつそく一浴して一杯! おそくまで散歩して熟睡。

別府は山もよろしく海もよろしく、湯はもちろんよろしく、女もわるくないらしい。
時局のために遊覧客は多くないらしいが、それでも二千や三千はあるらしい。
いたるところ温泉、いたるところをなごや、湯はタダ、女も安いさうな。
遊園別府[#「遊園別府」に傍点]、貧乏人や偏屈者の来る場所ではない。

別府所見、――
小秦誰[#「小秦誰」に傍点]、朝見川朝日橋のほとり、竹田が妓にかく書いて与へたといふが、夜はともかく、昼はゴモクアクタでワヤだ!

別府竹枝[#「別府竹枝」に傍点]、流川通、名残橋阯[#「阯」に「マヽ」の注記]、カフヱーやおでんやや料亭や置屋があつまつてゐる。
高崎山のおもしろさ、鶴見岳のよろしさ。

旅の人々と彼等の財布を狙ふ街の人々と、温泉《イデユ》の匂ひ、脂粉の香り。
土産物を売る店と女を売る店と。

由布岳――旧名、湯ノ嶽――通称、豊後富士は好きな山である、総じて豊後の山岳は好きだ。

なるたけ本道[#「本道」に傍点]を歩くことだ、遠いけれど間違がない、近道、それは多く旧道、その道は歩くにはよろしいが、よく見定めて、念に念を入れて歩くことだ。

無尽寥[#「無尽寥」に傍点]。――

作ることが生きることである[#「作ることが生きることである」に傍点]。

片手で耕やす人!

すなほにつゝましく。

昨日を忘れよ、明日を思ふな、物事にこだはるな。
一切放下着、超越生活。

ラクダを羨む(新聞の北支記事を読んで)、食べることに苦労してゐると、ラクダに笑はれるやうになる!

カシラナリ(頭成)といふ地名は珍らしい。

ビンボウはカンシヤクの素!

 三月十九日 晴、浜脇、 [#割り注]一泊二飯八十銭。[#改行]一人一室一燈。[#割り注終わり]

早朝入浴して散歩する、あかつき[#「あかつき」に傍点]丸の出航を見送る。
この宿は悪くはないがうるさいので、浜脇のG屋へ移る、しづかでしんせつできれいで、夜具も賄もよい。
歩いたり、浴びたり、書いたり、飲んだり、――旅づかれで、詳しくいへば、人づかれ[#「人づかれ」に傍点]、湯づかれ[#「湯づかれ」に傍点]、酒づかれ[#「酒づかれ」に傍点]で、宵からぐつすり寝た、まことに近頃にない快眠であつた。

 三月二十日 晴、浜脇。

申分のないお天気、ほんたうに好い季節。
早く眼覚めて入浴、散歩、そして、……豊後富士の姿はうつくしい、朝にかゞやいた時は殊に。
宿の居心地がよいので、もう一日逗留することにして、行きあたりばつたり方々を見物する、人出が多い、恵まれた日曜だ。
波止場に立つて出港するすみれ丸[#「すみれ丸」に傍点]を見送り、入港するあかつき丸[#「あかつき丸」に傍点]を迎へる。
夜も散歩、どてら姿が右徃左徃する。
今日も破戒した、シヨウチユウを飲みアワモリを飲んだ、アワモリ屋のおかみさんは私の顔を覚えてしまつて(さすがに商買[#「買」に「マヽ」の注記]だ)、小海老のてんぴ[#「ぴ」に「マヽ」の注記]ら一片を下物としてサービスしてくれた!
近来、視力の減退が著しいことを感じる、栄養不良のためか、老衰のためか、そのどちらでもあらう。

――別府三泊は長過ぎた、気分も倦怠したし旅費も乏しくなつた、明朝は降つても照つても立たう。
今夜はなか/\睡れなかつた。
[#ここから3字下げ]
 別府埠頭
春風のテープもつれる別れもたのしく
出てゆく汽船《フネ》の、入りくる汽船の、うらゝかな水平線
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿一日 曇、風雨となつた、由布院。

朝湯はよいな、けさは朝酒を遠慮した。
お彼岸の中日といふので朝御飯は小豆飯[#「小豆飯」に傍点]、それにも少年の追憶をそゝられる、いよ/\八時出立、
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