る私のナンセンスである。
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・早春のくだもの店の日かげうつる
  波止場所見として
・風の中のこぼれ米拾ひあつめては母子《オヤコ》
・まんぢゆうたべたべ出船の船を見てゐる、寒い
・朝の雨の石をぬらすより霽れた
  若松へわたし場
・ちよいと渡してもらふ早春のさざなみ
  多々桜君を病院に見舞うて、病室即事
・投げ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]しは桜のつぼみのとくひらけ
・木の実かさなりあうてゆふべのしづけさ
  製鉄所遠望
・夜どほし燃やす火の燃えてさかる音
  途上
・かなしい旅だ何といふバスのゆれざまだ
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 三月十四日 晴、糸田。

安宿の気安さ。
めしやでめしを食べ、酒屋で酒を飲み、餅屋で餅を味はつた(草餅の魅力である)。
若松の帆檣林立風景も此頃は以前ほどでないやうだ。
歩くつもりで歩きだしたが、途中でへたばつて、バスで折尾へ、折尾から汽車で直方へ。
S酒場に折から帰郷中の惣参居士を訪ねる、生一本の御馳走になる、お土産としても頂戴する、多謝々々。
街はづれまで送られて、金田までバス、そこから宮床まで歩く、緑平居はいつ来てもしたしい、香春岳もなつかしい、ボタ山も芽吹きさうな色彩をたゝへてゐる、天も春、地も春、人もまた春だ、夜のふけるまで話しつゞける、話しても話しても話がある。
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  炭坑地風景
・花ぐもりの炭車長う長うつらなり
・春風ぽこぽこ驢馬にまたがつて
  駅構内所見
・うらゝかに青い旗や赤い旗や
  炭坑地風景二句
・うらゝかな春空のボタ山かぶる山よ
・そこらぢゆう石炭だらけの石炭を拾ふてゐる
・水にそうてでこぼこのみちの草萌ゆる
  ボタ捨車
・ボタ山も芽ぐんでくるスキップ
・爆音、さくらはまだ開かない
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 三月十五日 晴、中津。

今日も身辺整理、やうやく文債書債を果してほつとする。
十時、お暇して、歩いて伊田へ、伊田から汽車で行橋へ、乗り替へて中津へ。
汽車では七曲りの快も味へなかつた、駅でさめ/″\と泣いてゐた若い女をあはれと思つた。
宇平居は数年前のそれだ、お嬢さんがさつそく御馳走して下さる、ありがたかつた。
宇平さんは医者としても市民としても忙がしい、忙がしくて病気をする暇もないといふ、結構々々。
夜、二丘老来訪、三人でのんきぶりを発揮する。
寝苦しかつたが、よい月夜であつた。
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  中津
・街は花見の売出しも近いペンキぬりたて
  宇平居
・石に水を、春の夜にする
・あなたを待つとてまんまるい月の
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 三月十六日 好晴、中津。

早起、塩風呂にはいる、朝酒、味噌汁がおいしかつた。
宇平居でよいものは門と石仏。
昧々居徃訪、昧々君はさびしい人だがおとなしすぎる。
福沢先生の旧邸宅を観る、昔ながらの土蔵は忘れ難い。
柳が芽ぶいてゐる、もう筍が店頭に飾られてゐる、草餅を食べる、双葉山という酒を飲む(双葉山は近在の出生である)。
中津は鰒の本場だ、魚屋といふ魚屋には見事な鰒が並べられてある、それを眺めてゐたら、店番のおばさんから、だしぬけに、「おとうさん、鰒一本洗はうか!」と声をかけられた。
引札(俳諧乞食用としての)出来。
夜は句会、二丘、昧々、耕平、そして主人と私、あまりしやべつたので、さびしくなつた、かなしくさへなつた。

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・のぞいて芽柳のなつかしくも
  妙蓮寺
 お寺の大柳芽吹いてゆれて
 春寒の鰒を並べて売りたがつてゐる
 塩湯はよろしく春もしだいにととなふ景色
  福沢先生旧邸
 その土蔵はそのまゝに青木の実
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 三月十七日 日本晴、宇佐。

一片の雲影もない快さ、朝湯朝酒のうれしさ、いよ/\出発、宇平さん、二丘さん、昧々さん、ありがたう、ありがたう、ありがたう。
俳諧乞食業[#「俳諧乞食業」に傍点]は最初から失敗した!
途中、二三杯ひつかける、歩けなくなつて、宇佐までバス、M屋といふ安宿に泊る、よい宿であつた、深切なのが何よりもうれしい、神宮に参拝して祈願した、神宮は修理中。
宇佐風景、丘、白壁、そして宇佐飴を売る店。
ふんどし異変[#「ふんどし異変」に傍点]、山頭火ナンセンスの一つ、私としては飲み過ぎた祟りであり、田舎の巡査としては威張りたがる癖とでもいはう、とにかく、うるさい世の中だ、笑ひたくて笑へない出来事であつた。
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  自嘲
・旅も春めくもぞもぞ虱がゐるやうな
・春のほこりが、こんなに子供を生んでゐる
・街をぬけると月がある長い橋がある
  宇佐神宮
・松から朝日が赤い大鳥居
・春霜にあとつけて詣でる

 水をへだててをとことを
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