無理をするな[#「無理をするな」に傍点]、素直であれ[#「素直であれ」に傍点]。――
すべてがこの語句に尽きる、この心がまへさへ失はなければ、人は人として十分に生きてゆける。
[#ここで字下げ終わり]
四月廿一日[#「四月廿一日」に二重傍線] 曇。
沈欝。――
散歩、SのSを訪ねる、逢うてよかつたと思ふ、やつぱり血は水よりも濃い! 暮れて戻る、途中またW店に寄つて飲む、酔ひしれてF屋に出かけ、たうとうそこに寝込んでしまつた!
四月廿二日[#「四月廿二日」に二重傍線] 曇――晴。
酒、酒、酒、馬鹿、馬鹿、馬鹿。
W店にもN店にもT店にもすまないすまない。
動けなくなつてW店のお世話になる。
四月廿三日[#「四月廿三日」に二重傍線] 晴。
朝、さうらうとして帰庵。
Sから貰うた餅を焼いては食べる。
夕方、暮羊君来庵、酒と下物とを持つて。
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ユーモアのある句へ[#「ユーモアのある句へ」に傍点]、それから
ナンセンスの句へ[#「ナンセンスの句へ」に傍点](無為無作の句[#「無為無作の句」に傍点]といつてもよからう)。
[#ここで字下げ終わり]
四月廿四日[#「四月廿四日」に二重傍線] 曇。
こん/\として眠る。
四月廿五日[#「四月廿五日」に二重傍線] 曇。
憂欝たへがたいところへ敬君来庵、しばらく話したので多少落ちつけた、ありがたう。
米と油とを買ふ。
古新聞古雑誌ボロをあつめて屑屋に売り払つたら、何と壱円十九銭出来た、これで今月はどうかなるだらう、ありがたしありがたし!
夕方、暮羊居徃訪、一杯よばれる、散歩してさらに一杯、これで今夜はよく睡れさうなものだが。
四月廿六日[#「四月廿六日」に二重傍線] 晴――曇。
昨夜よく睡れなかつたので身心が重苦しい。
身辺整理する、心内を清掃しよう。
動か静か、――死か生か、――ああ私は迷ふ。
――一切放下着、――無為無念であれ。――
今日も若葉のむかうから、歓呼の歌万歳の声が聞える、私は思はず正坐して合掌した、そして心の奥ふかく、ほんたうにすみませんと叫んだ。……
午後散歩、少し買物をして帰る途上でゆくりなく樹明君に出くわした、ああ樹明君、私はあなたに対して自分の忘恩背徳を恥ぢ入る外はありません。
めづらしい、ほんにめづらしい晩酌! といつても目刺をさかなに焼酎をちびりちびりすゝつたのに過ぎないが、それでもそのおかげでよく睡れた。
四月廿七日[#「四月廿七日」に二重傍線] 曇――雨。
水のにじむやうに哀愁が身ぬちをめぐる、泣きたいやうな、そして泣けさうもない気持である。
しづかな雨、憂欝な私、――ふさぎの虫[#「ふさぎの虫」に傍点]めがあばれようとする。
柿の若葉のさわやかさ、要[#「要」に「マヽ」の注記]若葉のあざやかさ。
午後、暮羊君来談。
今夜は不眠で苦しんだ、詮方なく読書。
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旅は私にあつては生活の切札だ[#「生活の切札だ」に傍点]!
[#ここで字下げ終わり]
四月廿八日[#「四月廿八日」に二重傍線] 曇――晴。
――やうやくにして落ちついたことは落ちついたが、身心の不調はいかんともなしがたい。――
散歩、山は野は春たけなはである、山にはつゝじが咲きみだれ、燕は季節の鳥としてひらり/\、嘉川まで行つた、Iさんに逢ふ、米一升三十四銭、麦一升十九銭。
蕗を剥ぎつゝ思ひ出が尽きない。
畑を耕す、茄子胡瓜を植ゑつけて置かう、誰のために!
春寒、ランプもつけないで宵から寝た。……
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あるときは生きむとおもひあるときは
死なむとおもふおのれをむちうつ
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日本が――世界も――さうであるやうに、私自身も転換期[#「転換期」に傍点]に立つてゐる、生死に直面してゐる、最後のあがきだ、私は迷うてゐる、どうすればよいのか、どうしなければならないのか。……
四月廿九日[#「四月廿九日」に二重傍線] 晴。
天長節、日本晴だ、めでたし。
とにかく落ちついた、めでたし、めでたし。
アメリカからありがたいたより、Kさんありがたう。
眼白がすばらしくうまいうたをうたうてくれる。
つゝましく、ひたすらつゝましく。
麦飯をいたゞく、ありがたし、ありがたし。
散歩、棕梠の花房[#「棕梠の花房」に傍点]が私を少年時代にひきもどした。
ふくろうが近寄つて来て、すぐそこの木で啼く、私はしんみり読み書きする。
四月卅日[#「四月卅日」に二重傍線] 晴。
転一歩[#「転一歩」に傍点]。――
好晴、好季節、幸にして海のあなたからの好意で湯田へ行くことが出来た、久しぶりにのんびり熱い湯に浸つた、そしてぞんぶんに飲んだ(正味一升は飲んだらしい!)、くたびれてS屋に泊つた。
まことによい一
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