来庵、うれしい酒盛が始まつた、酔うたよ、酔うたよ、愉快だ、愉快だ。
ほんにぐつすり睡つた、ふと眼覚めると雨の音、まことによい夜明であつた。
――私はいよ/\重大決意をした、――いさぎよく其中庵を解消して[#「其中庵を解消して」に傍点]、再び行乞流転の旅人[#「行乞流転の旅人」に傍点]となるのである。
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絶食[#「絶食」に傍点]と断食[#「断食」に傍点]
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┌客観的事実
└主観的意義
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四月十一日[#「四月十一日」に二重傍線] 曇――晴。
藪鶯がしきりに啼く、だん/\晴れてくる。
ふと鏡をのぞいて、自分の老顔[#「自分の老顔」に傍点]に驚いた!
身辺整理。
シヤガが咲きだした、仏前に供へる、木の芽、草の芽。
秋田蕗が若葉をかゞやかにひろげだした。
――ここに改めて、W店夫妻にお礼を申上げる。
四月十二日[#「四月十二日」に二重傍線] 曇。
待つてゐるのに屑屋さんが来てくれない、違約といふことは、いかなる場合にも不快だ。
身辺整理をつゞける。――
いよ/\覚悟をきめた、私は其中庵を解消して遠い旅に出かけよう、背水の陣[#「背水の陣」に傍点]をしくのだ、捨身の構へ[#「捨身の構へ」に傍点]だ、行乞山頭火でないとほんたうの句[#「ほんたうの句」に傍点]が出来ない、俳人山頭火になりきれない。
春寒うつくしい月夜であつた。
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其中庵解消の記
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行方も知らぬ旅の路かな
濁れるもの、滞れるもの
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四月十三日[#「四月十三日」に二重傍線] 晴。
なか/\寒いことである。
旅日記整理。
戦争は必然の事象とは考へるけれど、何といつても戦争は嫌だと思ふ。
めづらしく畑仕事。
四月十四日[#「四月十四日」に二重傍線] 曇。
うつくしい朝焼、あまり生甲斐もない生活。
Kからうれしい返事が来た、この親にしてこの子があるとは[#「この親にしてこの子があるとは」に傍点]!
街へ出かける、NにWにKに払ふ。
何日ぶりかで理髪入浴、それからゆつくり飲みだしたが、一本が二本になり二本が三本になつて、四本五本六本、そしてたうとう脱線してしまつた、今年最初の脱線だ[#「今年最初の脱線だ」に傍点]、すまなかつた、すまなかつた、慚愧々々(私としては脱線だけれど、世間人としてはさしたことではない)。
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人間臭[#「人間臭」に白三角傍点]
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四月十五日[#「四月十五日」に二重傍線] 晴曇不明。――
昨日の延長だ、まだピリオドがうてない、飲みあるく、――夜やうやく帰庵。
四月十六日[#「四月十六日」に二重傍線] 晴――曇。
庵中独臥、絶食[#「絶食」に傍点]、読書。
また山口の聯隊から出征するので、歓呼の声が渦巻く、その声が身心に沁み入る。……
四月十七日[#「四月十七日」に二重傍線] 曇、微雨。
謹慎、落ちついて雨を聴く。
四月十八日[#「四月十八日」に二重傍線] 曇。
午後は晴れたので山口へ行く、本を米に代へて戻る。
四日ぶりに御飯を食べることが出来た!
ほどよく飲んで食べて、つゝましく考へしづかに読み、一生懸命に作る、――それが何よりの楽しみであらう。
四月十九日[#「四月十九日」に二重傍線] 晴――曇。
春蝉が鳴きだした、夏ちかい温かさだ。
流し元の草の中に、捨芹が青々と花をつけてゐる、生きるものゝ生きる力のめざましさ、省みて恥ぢ入つた。
蕗を煮て食べる、うまい、ちしやに味噌をつけて食べる、うまい、何もかもうまいうまい!
夕方、野を逍遙して、野の花[#「野の花」に傍点]を観賞した、すみれ、きんぽうげ、菜の花、紫雲英、とり/″\にうつくしい、青草もうつくしい、虫もうつくしい。
今日はSを訪ねたいと思つたが、銭がないので止めた、骨肉といふものは離れてゐるとなつかしく逢へば嫌になる、そこに人生のなやみがある。……
寝苦しく悪夢に襲はれどほしだ。
四月廿日[#「四月廿日」に二重傍線] 曇。
小鳥の歌のほがらかさ、椿もをはりのうつくしさ。
――自覚自信――自粛自戒。――
今日は陰暦の三月廿日、明日へかけて秋穂地方は賑ふだらう、私も巡拝するつもりだつたが、先日の浪費で、その余裕をなくしてしまつた。
散歩、農学校に寄つて新聞を読ませて貰ふ、新聞を読まない日は飯を食べないやうな感じ。
近来痛切に自然の理法[#「自然の理法」に傍点]といふものを感じる、生々流転の相[#「生々流転の相」に傍点]を観じる。……
石油が切れたので宵から寝る、暗闇で句を作つたり直したりしてゐるうちに、いつとなく睡つた、そして夢中なほ作つたり直したりした。
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