日 曇、時々降る、帰庵。

出来るだけ早々出立、急がず休まずで歩く。
春が駈足でやつて来たので、至るところ桜がちらりほらり咲き出してゐる、山桜は散つてしまつて若葉のかゞやかしいところもある、田舎の豪家の邸内いつぱいに咲き充ちた桜の大木二三樹はほんたうに美しかつた、まつたく日本的であつた、家も花も人も。
厚東川べりの桜並木も美しかつた。
春の日曜の祭日、絶好の行楽日だけれど、お天気が思はしくない、何だか気の毒に思ふ、嘆くなかれ、むろん悔いるなかれ、人々具足、ほどよく楽しめ。
いつしか十里近く歩きおほせて、五時すぎには、三週間ぶりで帰庵した。
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 四月三日[#「四月三日」に二重傍線] 曇。

――夕方帰庵したけれど、濡れた着物を乾かす火もなく、空いた腹を充たす米もない、そして無一文、無一物だ、――暮羊君を徃訪する、私を待つてゐてくれたが今日は実家へ行きました、と奥さんが残念さうにいはれる、詮方なく街へ出てW店に腰をおろす、酒を借り飯をよばれ、はては泊めて貰つた!

 四月四日[#「四月四日」に二重傍線] 曇、霰が降つた、晴。

W店夫妻の好意に甘えすぎたやうではあるが、酔うてそのまゝ寝てしまつたことは仕方がないが、酔中彷徨してY店へ飛び込んだことはよくなかつた、いや悪かつた、悪かつた、恥づかしい、恥づかしい。
夜は暮羊居に招待されて、ニコ/\御馳走になつた。

 四月五日[#「四月五日」に二重傍線] 六日[#「六日」に二重傍線] 七日[#「七日」に二重傍線] 八日[#「八日」に二重傍線]

労れて、ごろ/\ぐう/\眠りつゞけたことである、いはゞ旅づかれ[#「旅づかれ」に傍点]といふものであらうか、私の場合では、人づかれ酒づかれ[#「人づかれ酒づかれ」に傍点]といふべきであらう。
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自分の意志で、生れ出ることは出来ないけれど、死んでしまうことは自分の自由だ、こゝに人間の悲喜劇が展開される。
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 四月九日[#「四月九日」に二重傍線] 晴。

絶食――不眠――憂欝、そして。――
あはたゞしい春だ、もう桜が散り柿が芽ぶく。

 四月十日[#「四月十日」に二重傍線] 曇。

或る店で白米少々借ることが出来た、感謝合掌。
飯! 飯!
H君と某君と同道して来訪、対談しばらく。
午後、めづらしくも敬君来庵、つゞいて樹明君も
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