其中日記
(十三)
種田山頭火
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)業《ゴウ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+星」、第4水準2−82−9]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)やれ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−
五月一日[#「五月一日」に二重傍線] 晴――曇――雨。
早起、一風呂あびて一杯ひつかける、極楽々々!
七時のバスで帰庵。
留守中に敬君や樹明君や誰かゞ来庵したらしい、すまなかつた、残念なことをした。
何となく憂欝。――
W屋主人来庵。
風が出て来た、風はほんたうにさびしい、やりきれない。
午後、樹明君を訪ね、いつしよに街へ出かけて飲む、敬君にも出くわし、三人で飲む、酔ふ、どろ/\になつてしまつた、それでも戻ることは戻つた、つらかつた、やれ/\!
夜中に眼が覚めて、とてもさびしかつた、かなしかつた。
慎しむべきは酒なりけり[#「慎しむべきは酒なりけり」に傍点]! 老いてはつゝましかるべし[#「老いてはつゝましかるべし」に傍点]!
五月二日[#「五月二日」に二重傍線] 曇――雨。
身心整理する外ない、さうするには、さしあたり、旅に出る外ない、歩かう歩かう、風のまに/\!
夕方、ポストまで出かけたついでにシヨウチユウを買うて戻る、どうも米を買ふには足りない、それに気が欝いでたへきれなくなつた。
アルコールのおかげで快眠、うれしかつた。
五月三日[#「五月三日」に二重傍線] 雨――曇。
欝々として楽しまない、幸にしてK社から句稿料が届いたので街へ出かけて二三杯呷る、その勢で山口へ行く、飲んで酔うてS屋に泊る、前後不覚、一切合切が空つぽになつた。
五月四日[#「五月四日」に二重傍線] 曇。
朝帰庵、飯を炊いたり洗濯したり、そして読んだり考へたり、――労れていつとなし寝入りこんでしまつた。
五月五日[#「五月五日」に二重傍線] 曇。
さらに転一歩[#「さらに転一歩」に傍点]。――
夕方、敬君酔うて来庵、いろ/\考へさせられる、同道してW店を襲ひ、私もまた酔ふ、帰つたのは十一時近かつたらう、そのまゝぐつすり睡つて、夜の明けるまでちつとも覚えなかつた、万歳々々!
[#ここから4字下げ]
途上点描
(旅日記ところ/″\)
[#ここで字下げ終わり]
五月六日[#「五月六日」に二重傍線]――十九日[#「十九日」に二重傍線]
――まるで地獄だつた。
酔うては彷徨し、※[#「目+星」、第4水準2−82−9]めては慟哭した、自己冒涜と自己呵責との連続であつた。
私は人非人だ、Hがいふやうに穀つぶし[#「穀つぶし」に傍点]だ。
Kに対して、Wさんに対して、何といふ背信忘恩であらう。
酒! あゝ酒のためだ、酒が悪いのではない、私が善くないのだ、酒に飲まれるほど弱い私よ、呪はれてあれ!
肉体的にはたうとう吐血した、精神的には自殺に面して悩み苦しんだ。
死、さうだ、死が最も簡単な解決、いや終局だ、狂、狂しうるほどの力もないのだ。
死、死、死、そして遂に死なゝかつた、死ねなかつた、辛うじて自分を取り戻した、そして……夜が――私の夜が明けたのである、幸にして(不幸にして、かも解らない)、私は私の私[#「私の私」に傍点]となつた。――
五月廿日[#「五月廿日」に二重傍線] 曇。
門外不出。――
下の家から梯子を借りて来て屋根を繕ふ、漏つて漏つて堪へきれなくなつたのだ、梅雨季も近づいてくるが、葺替代がないのだ、あぶなかつた、足すべらして落ちさうだつた。
日本案内記を読みつゞけて、旅したい心をなぐさめる。
珍らしいお客様があつた、Tさんが二人連れでやつてきて、静寂に感心して帰つていつた。
多々桜君の死[#「多々桜君の死」に傍点]は私に堪へがたい痛恨をもたらした、奥さんからの通知に接した時、私は脳天を撃ちのめされたやうなシヨツクを感じた、過ぐる三月にお見舞してよかつた、あれは久しぶりの、そして最後の出会であつたが、あゝ、それにしても、死んではならない君は死んでしまうし、死ねばよい私は死なゝいでゐる、私は自然の矛盾[#「自然の矛盾」に傍点]とでもいひたいものを感じる、そして腹立たしくさへなる。……
[#ここから1字下げ]
[#横組み]“Natural nonsense”[#横組み終わり]
雑草のたたかひ――
[#ここから3字下げ]
荒地野菊のたくましさ
ポピーの弱さ
[#ここで字下げ終わり]
五月廿一日[#「五月廿一日」に二重傍線] 晴。
横臥読書、すまない、すまない、すみません。
除[#「除」に「マヽ」の注記]
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