州陥落[#「州陥落」に傍点]! そして此国民のおちつき!
日本人は大きくなつた、日本は進みつゝある!
食糧がなくなつたけれど米を買ふには銭が足らないので、うどん玉を買うて帰る、新聞を借りて読む、あれやこれやで今日も暮れてしまつた。

 五月廿二日[#「五月廿二日」に二重傍線] 曇――雨。

昨夜は一睡もしないで、自己に沈潜した、自己省察は苦しかつた、だが、私の覚悟[#「私の覚悟」に傍点]はきまつた。――
私は名誉もほしくない、財産もいらない、生命さへも惜しいとは思はない、いつまで生きるる[#「る」に「マヽ」の注記]か解らないが(あゝ、長生すればまことに恥多し!)、生きてゐるかぎりは私の句を作らう[#「生きてゐるかぎりは私の句を作らう」に傍点]。
すなほにつゝましく[#「すなほにつゝましく」に傍点]、――あるところのものに足りて[#「あるところのものに足りて」に傍点]、いういうとして怠りなく[#「いういうとして怠りなく」に傍点]、――個性の高揚[#「個性の高揚」に傍点]。
久しぶりに花を活ける、卯の花は好きだが、薊も悪くない、総じて野の花はよい。
身辺整理。
白船君から澄太君の手紙を廻送して貰ふ、澄太君、ありがたう/\。
街へ出かけて買物、もとより第一番に一杯ひつかける、七日ぶりの酒だが、それほどうまくない、ハテナ!
先日たうとう吐血したが(悪友達は胃潰瘍だらうとおどかしたが)、それでも酒はやめない(やめられもしないし、やめやうともしない)、句がやめられないと同様に(業《ゴウ》だ、業だよ)。
旅、旅、旅、何よりも旅がよい、旅が私を打開してくれる[#「旅が私を打開してくれる」に傍点]。
今日は近来にない賑やかな日だつた、先づ敬君来庵、それN[#「れN」に「マヽ」の注記]さん、それから暮羊君(新聞の掛取までも)、愉快に話し大いに笑つた。
夕方から雨になつて風も出て来たが、落ちついて読書する。
満腹々々[#「満腹々々」に傍点]、極楽々々[#「極楽々々」に傍点]。
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   今日の買物――
弐十弐銭  酒二杯
[#ここで字下げ終わり]
┌三十五銭  白米一升
└十八銭   平麦一升
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弐十弐銭  煮干五十目
十銭    赤味噌百目
十銭    餅七ツ
二銭    沢庵漬一本
三十弐銭  なでしこ大包一個
壱円弐十銭 木炭一俵
八銭    バツト一
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物価騰貴、殊に生活必需品の騰貴は私を脅威する。
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線] 雨――晴。

身心沈静、だが、まだ/\本物ではない、おちつけおちつけ、おちつかなければ、ほんたうの句は出て来ない。
久しぶりに味噌汁をこしらへて味ふ。
……不死身の捨身[#「不死身の捨身」に傍点]、押の一手でひた押しに押してゆく外ありません。……(或る友に)
ポストまで出かける、ついでに買物、酒、豆腐、酢。
やつこ豆腐はうまい、ちしや膾[#「ちしや膾」に傍点]もうまいな。
なやましくもなつかしい密[#「密」に「マヽ」の注記]柑の花の匂ひ、五月の匂ひ。
また街に出かけて飲む、W店、学校、そしてまたW店、たうとうそこで倒れた、まことに久しぶりのよい泥酔[#「よい泥酔」に傍点]であつたよ、しかし、ほんにしかし、酒は飲むべし、飲まれてはならない!
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△蛙の話
△羊の話
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アンゴラ兎の話
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人間は追剥。
羊が毛を刈り取られて風邪をひいた。
搾取に甘んじてゐる境地。
[#ここで字下げ終わり]

 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線] 曇。

朝酒、御飯までよばれてから帰庵。
身辺整理、整理せよ、整理せよ、心のすみ/″\まで。
Nさん来庵、本をいろ/\持つて来て貸して下さつた、そして焼酎を御馳走して下さつた、感謝々々。
二人うち連れて近郊散策、新緑がうつくしい、水音がうれしい、木苺がうまかつた。
Wさん来庵、ふとん綿ちしや葉をあげる、これだけが私の精いつぱいの謝意のあらはれだ。
焼酎をあほつたからだらう、胃が痛みだして弱つた、死! ぞつとした、いつものやうでもなく、死にたくないやうな気がした、これからは焼酎は飲むまい、飲んではならない(西洋の火酒には縁が遠い)、これだけは必らず実行すべし、生命が惜しいよりも胃痛が堪へられない、そしてまた、酒はうまいけれど焼酎はうまいと思はない。
蚊帳を吊らなければならなくた[#「くた」に「マヽ」の注記]ので、机を南から北の窓へうつす、こんなこともちよつと気分をかへる、だいたい、書斎は北向の窓がよい、落ちついて読み書きが出来る。
夜は今日借りた本を読みつゞけた。
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“高くこゝろをさとりて俗に帰るべし[#
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