、考へさせられることが多くて、おのづから頭が下る。
四日ぶりに外出、梅は満開、椿ぽたぽた、今年の梅は厳寒のために蕾が堅かつたが、数日来の暖気でトーチカもたちまちくづれてしまつた。
外出途中、今日はとても飲みたかつたが、ぢだんだ踏んで我慢した、善哉々々!
政府対議会(軍部対議会といつた方が痛切だらう)、その接触交渉がなか/\微妙らしい、大西少佐の失言、政党本部占拠事件、右翼(?)の安部党首襲撃、等々、物情何となく騒然としてゐる、上下左右新旧の摩擦相剋は相当深酷らしく考へられる。
日本はどうなるか、どうすればよいか、どうしなければならないかは日本人自身が解決しないではゐられない問題である(私のやうなものでも思案してゐる!)。
……私は遂に無能無才、身心共にやりきれなくなつた、どうでもかうでも旅にでも出て局面を打開し[#「開し」に「マヽ」の注記]なければならない、行詰つた境地からは真実は生れない、……窮余の一策として俳諧の一筋をたよりに俳諧乞食旅行[#「俳諧乞食旅行」に傍点]に踏み出さう!
火燵が入[#「入」に「マヽ」の注記]らなくなつた、火鉢も僅かの火ですむやうになつた、ありがたいありがたい、それにしても私のやうに大飲したり大食しないですむやうな生活方法はないものだらうか!
食ふや食はずでも句は出来る[#「食ふや食はずでも句は出来る」に傍点]、こんなに苦しんでゐて[#「こんなに苦しんでゐて」に傍点]、しかも句が作れることは[#「しかも句が作れることは」に傍点]、何といつてもうれしい[#「何といつてもうれしい」に傍点]。
今夜も眠れない、疲れてはゐるが興奮してゐる、おい山頭火しつかりしろ、おちつけおちつけ!

 三月六日[#「三月六日」に二重傍線] 曇、をり/\雨。

地久節。
亡母四十七年忌、かなしい、さびしい供養、彼女は定めて、(月並の文句でいへば)草葉の蔭で、私のために泣いてゐるだらう!
今日は仏前に供へたうどんを頂戴したけれど、絶食四日で、さすがの私も少々ひよろ/\する、独坐にたへかね横臥して読書思索。
万葉集を味ひ、井月句集を読む、おゝ井月よ。
家のまはりで空気銃の音が絶えない、若者たちよ、無益の殺生をしなさるなよ。
どうしたのか、今朝は新聞が来ない、今日そのもの[#「今日そのもの」に傍点]が来ないやうな気がする。
ほんたうに好い季節、障子を開け放つて眺める。
蜘蛛が這ふ、蚊が飛ぶ、あまり温かいので。
裏山で最初の笹鳴を聴いた。
夜は雨風になつた、さびしかつた、寝苦しかつた。
いよ/\アブラが切れてしまつた!
いつとなく、ぐつすり睡つた。
[#ここから2字下げ]
  (序詩)
天[#「天」に傍点]、我を殺さずして詩を作らしむ[#「我を殺さずして詩を作らしむ」に傍点]
我生きて詩を作らむ[#「我生きて詩を作らむ」に傍点]
まことの詩[#「まことの詩」に傍点]、我みづからの詩[#「我みづからの詩」に傍点]
天そのものの詩を作らむ[#「天そのものの詩を作らむ」に傍点]――作らざるべからず[#「作らざるべからず」に傍点]
  (逍遙遊)
ほんたうの人間は行きつまる
行きつまつたところに
新らしい世界がひらける
なげくな、さわぐな、おぼるるな
  (旅で拾ふ)
のんびり生きたい
ゆつくり歩かう
おいしさうな草の実
一ついただくよ、ありがたう
[#ここで字下げ終わり]

 三月七日[#「三月七日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり、そして降つたり。

春寒、あたりまへのよろしさ。
――来ない、来ない、ほんに待つ身はつらい!
しづかに紫蘇茶をすゝる。
とても起きてはゐられない、からだがふら/\する、また火燵を出して寝る、そして読書、反省、追想、思索。
今朝はいつのまにやら新聞が来てゐる、新聞を読んで、時事を知り時代を解することは私たちのつとめ[#「つとめ」に傍点]であり、なぐさめ[#「なぐさめ」に傍点]であり、勉強でもある、新聞はありがたいもの[#「ありがたいもの」に傍点]だ。
寝てゐたが、たまらなくなつて出かける、やうやくにして米と酒と石油とを少々借ることが出来た(日頃の馴染ではあるけれど、家も名も知らない私のやうなものに快く貸して下さつたS店の妻君とM老人とに感謝する)。
六日ぶりに飯を食べ酒を飲んだ、まことにそれは御飯[#「御飯」に傍点]であり、お酒[#「お酒」に傍点]であつた! 味うてゐるうちに眼がくらむやうな心地であつた、ほつとするよりがつかりしたやうに。
雨露のめぐみ[#「雨露のめぐみ」に傍点]といつたやうなものをしみ/″\感ずる、衆生の恩[#「衆生の恩」に傍点]を感ずる。
――泣くな、怒るな、耽るな。……
飯の味、酒の味、人の味[#「人の味」に傍点]、――生活の味。
おかずがないので、鰯のあたま[#「鰯のあたま」に傍点]を味ふ
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