。
――私は自覚する、私の句境[#「句境」に傍点]――といふよりも私の人間性[#「人間性」に傍点]――は飛躍した、私は飛躍し飛躍し飛躍する、しかし私は私自身を飛躍しない[#「私は私自身を飛躍しない」に傍点]、それがよろしい、それで結構だ、私は飽くまで私だ、山頭火はいつでも山頭火だ!
人間至るところ、山あり水あり、飯あり、酒あり、――さういふ人生でなければならない。
ゆつたりとしてしづかなよろこびが湧いて溢れた。
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戦争――悲惨なる事実――存在の必然[#「必然」に傍点]――生物の悲劇。――
よくてもわるくてもほんたう[#「よくてもわるくてもほんたう」に傍点]。
先づ何よりもうそのない生活[#「うそのない生活」に傍点]、それから、それから。
物そのものを尊ぶ[#「物そのものを尊ぶ」に傍点]、物そのものゝために惜しみ[#「物そのものゝために惜しみ」に傍点]、そして愛する[#「そして愛する」に傍点]。
甘さと旨さとは違ふ[#「甘さと旨さとは違ふ」に白三角傍点]。
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甘さを表現したゞけでは(旨さが籠つてゐないならば)それはよき芸術[#「よき芸術」に傍点]ではない。
よき芸術には人生のほんたうのうまさ[#「人生のほんたうのうまさ」に傍点]がなければならない。
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三月八日[#「三月八日」に二重傍線] 曇――晴。
身辺整理。
宇平さんから旅費を頂戴した、ありがたう、ありがたう。
さつそく街へ出かけて、買はなければならない物だけ買ふ、そして払へるだけ払ふ。
理髪する、そのまゝ湯田へ行く、半月振の入浴。
ほんたうにさつぱりした。
たうとうS屋に泊つて、のんびりと一夜を送つた。
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おばあさんおたつしやですね、おいくつですか。
まあ[#「あ」に「マヽ」の注記]なばかりで――はいはい、七十二でございます、いえ、八十二で。……
[#ここで字下げ終わり]
三月九日[#「三月九日」に二重傍線] 曇。
朝から飲む(悪い癖だがたうてい止まない!)、山口でゆくりなくNさんに逢ひ、いつしよにまた飲む、かうなるとどうにもならない私の性分で、今晩もまたS屋に泊めて貰つた、やれ/\、やれ/\。
三月十日[#「三月十日」に二重傍線] 雨。
陸軍記念日、意義ふかい今日である。
朝のうち帰庵。
旅立の用意をする。
午後、暮羊君来庵、快飲快談。
三月十一日[#「三月十一日」に二重傍線] 晴――曇。
今日は出立するつもりだつたが、天候もはつきりしないし、胃腸のぐあいもよくないので静養した。
旅、旅、旅、――私を救ふものは旅だ、旅の外にはない、旅をしてゐると、人間、詩、自然がよく解る。
さびしくもうれしい旅[#「さびしくもうれしい旅」に傍点]、かなしくも生きてゐる私[#「かなしくも生きてゐる私」に傍点]!
旅の仕度もすつかり出来た。――(旅へ)
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太陽。
空と水。
米と味噌。
炭と油。
本と酒。
[#ここで字下げ終わり]
三月十二日[#「三月十二日」に二重傍線]――四月三日[#「四月三日」に二重傍線] 旅日記
底本:「山頭火全集 第八巻」春陽堂書店
1987(昭和62)年7月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年10月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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