アのある句、[#ここから横組み]“Humorous Haiku”[#ここで横組み終わり]
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二月十九日[#「二月十九日」に二重傍線] 晴、曇。
夜が明けると起き、日が暮れると寝た。
二月廿日[#「二月廿日」に二重傍線] 曇。
太陽と共に[#「太陽と共に」に傍点]、――小鳥と共[#「小鳥と共」に傍点]に。――
暮羊君来庵。
草庵無事、たゞ無事。
二月廿一日[#「二月廿一日」に二重傍線] 晴。
沈欝。――
二月廿二日[#「二月廿二日」に二重傍線] 曇、雪。
寝苦しくて朝寝。
Kからの手紙はうれしくもありかなしくもあつた、安心と心配とをもたらした。
六日ぶり外出、買物いろ/\、米、醤油、茶、等々、払へるだけ払ひ、買へるだけ買ふ。
湯田まで出かけて、二十日ぶりに入浴、二三杯ひつかける、たうとうS屋に泊つた。
二月廿三日[#「二月廿三日」に二重傍線] 曇。
十時帰庵、自分の寝床がうれしい。
新若布がうまい、高いことも高いが(百目壱円三十銭だつた)。
二月廿四日[#「二月廿四日」に二重傍線] 晴――曇――霙。
晴れると春、曇れば冬、内は春、外は冬。
おちついて読書。――
二月廿五日[#「二月廿五日」に二重傍線] 晴。
薄雪薄氷がうらゝかな日光で解けて雫する。
N、Fの二君、汽車辨当持参で来訪、あべこべに御馳走になつた、ありがたう。
樹明君から来信、あゝ私はどうすることも出来ない、すまない、私には何のあて[#「あて」に傍点]もない。
――炭がなくなつた、米もなくならうとしてゐる、命よ、むしろなくなつてしまへ!
二月廿六日[#「二月廿六日」に二重傍線] 晴。
春が来たのに。――
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おのれを語る
生活能力[#「生活能力」に傍点]を持たない私は生活意慾[#「生活意慾」に傍点]をも失ひつゝある、あたりまへすぎるみじめさだ。
業《ゴウ》、業、何事も業であると思ふ、私が苦悩しつゝ酒を飲むことも、食ふや食はずで句を作ることも。――
句を作る、よい句を作る、――その一事に私の存在はつながれてゐる。
酒を飲む、うまい酒を飲む、――その一事に私の生活はさゝへられてゐる。
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二月廿七日[#「二月廿七日」に二重傍線] 好晴。
霜、春の霜、太陽、春の太陽。
午後散歩する、といふよりも彷徨[#「彷徨」に傍点]する、あれやこれやと気になつて落ちついてゐられない。
春風しゆう/\、雲雀がうたひ草が咲いてゐる、あたゝかすぎるほどあたゝかだつた。
二月廿八日[#「二月廿八日」に二重傍線] 晴。
春はうれしや、貧乏のつらさ!
炭だけはK店から借りたが、さて米はどうするか、また絶食するか、貧乏はつらいね!
人に教へられたというて、中年の放浪者が訪ねて来た、俳行脚をつゞけてゐるといふ、対談しばらく、短冊一枚書かされた、世間師としては、彼は好感の持てる人柄だつた。
私もいよ/\旅に出ようと思ふ、旅のことをいろ/\考へてゐるうちに夜が明けてしまつた。
身心が何となくのび/\した、あゝ旅と酒とそして句[#「旅と酒とそして句」に傍点]。
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省みて疚しくない生活[#「省みて疚しくない生活」に傍点]。
プラスマイナスのない世界[#「プラスマイナスのない世界」に傍点]。
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三月一日[#「三月一日」に二重傍線] 晴。
春風春水一時到、といつたやうな風景。
身辺整理。
ありがたや、火鉢に火がある(なさけなや、米桶に米はなくなつてしまつたが)。
句稿二篇書きあげる、さつそくポストへ。
W店で飲む、酔つぱらつて、また泊つてしまつた。
三月二日[#「三月二日」に二重傍線]
酔境に東西なく[#「酔境に東西なく」に傍点]、酔心に晴曇なし[#「酔心に晴曇なし」に傍点]。
三月三日[#「三月三日」に二重傍線] 曇。
さみしくも風が吹く。……
三月四日[#「三月四日」に二重傍線] 曇。
沈欝。――
フアブルの昆虫記を読む。
初蛙が枯草の中で二声鳴いた。
昨日も今日も絶食、そして明日!
たうとう不眠、長い長い夜であつた。
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春風の吹くまま咲いて散つて行く[#「春風の吹くまま咲いて散つて行く」に傍点](旅出)
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わざとかういふ月並一句を作つてこゝに録して置く。
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其中雑感
戦争、貧乏、孤独。
散歩、酒、業《ゴウ》。
俳諧乞食業。
定型と伝統。
歴史的必然。
旅で拾うた句。
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三月五日[#「三月五日」に二重傍線] 曇――雨。
身心平静、今日もまた絶食、落ちついて万葉鑑賞、万葉集は尊い古典である、動かされ、教へられ
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