点]。
創作は一種の脱皮[#「一種の脱皮」に傍点]ともいへる。
宛名のない遺言状[#「宛名のない遺言状」に傍点]ともいへやう。
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十二月廿三日[#「十二月廿三日」に二重傍線] 曇、時雨。 廿四日[#「廿四日」に二重傍線] もおなじく、雨。
昨夜も帰れなかつたが、今日も帰れさうにない。
駅で遺骨を迎へる、あはれ、六百五十柱、涙がとめどもなくこぼれて困つた。
熟睡が何よりもうれしかつた。……
十二月廿五日[#「十二月廿五日」に二重傍線] 晴。
小春日和。
いつもの気まぐれで、歩いて防府へまはる、おもひでのつきない道すぢである。――
S君を訪ねる、不在、M君には逢つたが客来なので遠慮する、I君を訪ねる、また不在、E君も同様に。……
最後にY君を訪ねた(といふよりも尋ねた)、幸にして在宅、十何年ぶりの再会だ、旧友のなつかしさあたゝかさが身にしみた。
暮れて――更けて別れる、月が出た、おもひでを反芻しながらやうやくにして帰庵した。
労れた、労れた、ぐつすりと寝た。
十二月廿六日[#「十二月廿六日」に二重傍線] 晴――曇――雪。
祖母忌。――
さむ/″\として、しみ/″\として。
――すまない、すまない、私は大地に跪づいて天に謝し、人に詫びる、あゝすまない、すまない。――
十二月廿七日[#「十二月廿七日」に二重傍線] 曇。
悪夢のやうな私の生活、その中へ樹明君が女を連れて(無論、酒も持つて)、訪ねて来た。
現実はみじめすぎる[#「現実はみじめすぎる」に傍点]!
夜は農学校に宿直の樹明君を訪ねて泊る。
十二月廿八日[#「十二月廿八日」に二重傍線] 晴曇定めなし。
寒さも本格的になつた。
身辺整理、心内整理[#「心内整理」に傍点]が第一だ。
私の心は此頃の天候のやうに、晴れたり曇つたり、しぐれたり、雪がふつたり。……
酔はない酒、いや酔へない心、彷徨。
十二月廿九日[#「十二月廿九日」に二重傍線] 晴。
天高く地広し、――さういふ心がまへで生活せよ。
昨夜は湯田温泉に浸り、そのまゝ泊つた、そして早朝帰庵。
十二月卅日[#「十二月卅日」に二重傍線] 晴。
今年もいよ/\押しつまつた。
私も人並に門松を飾つた。
理髪入浴、よい年を迎へよう。
十二月卅一日[#「十二月卅一日」に二重傍線] 曇。
名残の雪でも降りだしさうな。
街へ、すぐ戻つた。
蕎麦を食べ、一本傾けた。
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昭和十二年を送る
ことしもこゝにけふぎりの米五升[#「米五升」に傍点]
ことしもをはりの虫がまつくろ
自己を省みて[#「自己を省みて」に白三角傍点]
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新古今集より
窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとゞみじかきうたたねのゆめ 式子内親王
朗詠――風生竹夜窓間臥
道のべに清水流るゝ柳蔭しばしとてこそ立ちとまりつれ 西行法師
夕づく日さすや庵りの柴の戸に寂しくもあるかひぐらしの声 前大納言忠良
さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべむ冬の山里 西行法師
かりそめの別れと今日を思へども今やまことの旅にもあるらむ 俊恵法師
あけばまた越ゆべき山の峯なれや空ゆく月の末の白雲 藤原家隆
年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけりさよの中山 西行法師
遙かなる岩のはざまにひとりゐて人目おもはで物思はばや 〃
ながめわびそれとはなしに物ぞ思ふ雲のはたての夕ぐれの空 藤原通光
・鈴鹿山うきことよそにふりすてていかになりゆくわが身なるらむ 西行法師
風に靡く富士のけぶりの空に消えてゆくへも知らぬ我が思ひかな 〃
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[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□苦しい節季であり、寂しい正月であつたが、今年はトンビを着ることが出来た、Iさんの温情を、Kが活かしてくれたのである、ありがたいことである。
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柿の葉[#「柿の葉」に傍点]の広告文として、層雲[#「層雲」に傍点]に発表した感想――
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句作三十年、俳句はほんたうにむつかしいと思ふ。
俳句は自然のままがよい、自己をいつはらないことである、よくてもわるくても、自分をあるじとする句[#「自分をあるじとする句」に傍点]でなければならない。
私はこの境地におちついて、かへりみてやましくない句[#「かへりみてやましくない句」に傍点]を作りたい。
私の句集は、私にあつては、私自身で積みかさねる墓標に外ならない。
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子に与へる句集
父らしくない父が子らしい子に与へる句集
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底本:「山頭火全集 第八巻」春陽堂書店
1987(昭和62)年7月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年10月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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