にも何か降りだしさうな空模様である。
初霜初氷。
霜に強い葉弱い葉、氷を砕く音の快さ。
いよ/\南京陥落も迫つた、亢奮せざるを得ない。
軍歌一篇をまとめた。
煙草もなくなつた、石油も乏しい、木炭も僅かしか残つてゐない、其中庵非常時風景、いや、むしろ、平常時風景!
悠然として飢えるか[#「悠然として飢えるか」に傍点]! それだけのおちつきが私にあるならば、私は私を祝福する。
今が絶食の――断食といふよりも妥当だ――最も苦しい時である、頑張れ、頑張れ。
臥床読書、徒然草鑑賞。
午前は菜漬、午後は煮大根を少々食べる、なんと番茶のかんばしさ。
十二月七日[#「十二月七日」に二重傍線] 曇、時雨。
寒い々々、貧弱々々。
動いて動かざる心[#「動いて動かざる心」に傍点]を養へ。
今日で絶食三日[#「絶食三日」に傍点]、断酒も三日、そして禁煙二日、――午後堪へきれなくなつて出かける、精神は落ちついてゐるけれど、肉体がひよろつく、やうやくコツプ酒一杯、なでしこ一袋にありつく、米の方はいろ/\うるさいことがあるから、W老人を訪ねて芋を貰うて戻る、芋のうまさ[#「芋のうまさ」に傍点]が――今まであまり食べなかつたが――初めて解つた!
たかな六株植える、楽しみである、悔なき楽しみ[#「悔なき楽しみ」に傍点]!
睡れないし、燈火はないし、腹はへるしで、夜の明けるのがほんたうに待ち遠かつた。
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其中雑感――
○衝動性変質、自虐症[#「自虐症」に傍点]
○孤独癖
○自然的
○断食、絶食
○頽廃美
[#ここで字下げ終わり]
十二月八日[#「十二月八日」に二重傍線] 曇。
朝は芋をお茶受にして渋茶何杯でもすゝつた、昼も夜もまた、芋々芋々。
多々桜君罹病入院のたより、そんな予感がないでもなかつたが、気にかゝる、早く快くなつて下さい。
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病中は何もかも投げだして物事に拘泥しないことが第一大切だと思ひます、……のんきにのんびりと句でも作ることです。
[#ここで字下げ終わり]
南京まさに陥落しようとして、降伏勧告! 城下の盟は支那人としてさぞ辛からう、勝つ者と負ける者!
暮羊君の奥さんから十銭借りて街へ出かける、切手四銭、ハガキ二銭、そしてなでしこ四銭。
日が暮れるとすぐ寝床にはいつた、燈火がなくては寝て考へるより外はない。
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┌短日抄
└長夜抄
夜が明けると起き
日が暮れると寝る
残れるものを食べて[#「残れるものを食べて」に傍点]
余生を楽しむ[#「余生を楽しむ」に傍点]
[#ここで字下げ終わり]
十二月九日[#「十二月九日」に二重傍線] 晴、曇、時雨。
朝の心[#「朝の心」に傍点]、朝焼、昇る日がうつくしかつた。
時雨、草に私にしみ入る。……
何もかもなくなる、SOSの反響はない。
南京攻略の祝賀会が方々で催される(国民的感激の高調が公報を待ちきれないで)、当地でも提灯行列が行はれた、それに参加しない私はさびしい。
寝床で行列のどよめきを聴いてゐると、人並の生活人[#「人並の生活人」に傍点]として生活することの出来ない自分を恥づかしく悩ましく思はないではゐられない。
樹明君ちよつと来談、ほんたうにすまなかつた。
貰つたバツトのうまさ、肉慾は痛切であり、そして卑らしくもある。
寝苦しかつた、あたりまへである。
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貧乏を味へ[#「貧乏を味へ」に傍点]。
貧乏にあまやかされるな。
貧乏にごまかされるな。
[#ここで字下げ終わり]
十二月十日[#「十二月十日」に二重傍線] 時雨。
けさは芋もなくなつて、お茶ばかりすゝつてすました。
飢は緊張する[#「飢は緊張する」に傍点]、餓えてます/\沈静、いよ/\真摯[#「真摯」に白三角傍点]。
頭痛がするので臥床。
お茶のあつさよ、うまさよ、かうばしさよ。
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天青地白(ちちこぐさ)
[#ここで字下げ終わり]
十二月十一日[#「十二月十一日」に二重傍線] 晴。
めづらしくお天気になつた、沈欝気分やゝうすらぐ。
来書一通、岔君ありがたう、ほんたうにありがたう。
さつそく出かけて買物いろ/\。
七日ぶりに飯を味ふ[#「七日ぶりに飯を味ふ」に傍点]、うまいと感じるよりも[#「うまいと感じるよりも」に傍点]、ありがたいと思うたことである[#「ありがたいと思うたことである」に傍点]、御飯の御の字の意義を考へる[#「御飯の御の字の意義を考へる」に傍点]。
南京陥落、歓喜と悲愁とを痛感する。
久しぶりに、ほんに久しぶりに、ひとりしみ/″\一盞傾けた。
私もいよ/\一生のしめくゝり[#「一生のしめくゝり」に傍点]をつけるべき時機に際会した。
指が何故だか痛い、指一本のための不自由、不快、不甲斐なさ、全
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