麦粉と粟餅とを頂戴した、うれしかつた。

 十一月十七日[#「十一月十七日」に二重傍線] 晴。

身心安静。――
今日は陰暦で十月十五日、宮市天満宮の神幸祭である、おもひではつきない、共に裸坊[#「裸坊」に傍点]となつておもしろがつたA君はどうしてゐるだらう?
午後、Nさん来訪、無事[#「無事」に傍点]を喜ぶ(意味深長な一句だ)、見送りがてら、散歩がてら、石油買ひがてらに新町まで同道する、折から展開される演習を観る(何十年ぶりかで)。
戦争記事は私を憂欝にする、しかも読まずにはゐられない、読みつゝ道徳的苛責[#「道徳的苛責」に傍点]を感じる、非国民のそしりを甘んじて受ける私であるが、しかも非国民であることには安んじ得ない私である。
とてもよい月夜だつた、ぢつとしてゐると、宮市のお祭のどよめきが聞えるやうだ、私はひとりさみしく耳を澄ましてゐた。
夢を見た、はかない夢であつた、恥づかしい夢でもあつた、血肉のつながりの微妙さ[#「血肉のつながりの微妙さ」に傍点]を此事件に於て味ふた、血肉は切つても切れない、切れば血が出る、その血は時としてあまりねばりづよくてあさましくなるが。……
即かうとすれば離れる、離れたいのに即く、これが人間の、ことに私の癖だ、実際生活に於ける私の態度は不即不離[#「不即不離」に傍点]でありたい、言葉は古いけれど、意味は新らしい、私は人及物[#「人及物」に傍点]――就中[#「就中」に傍点]、酒[#「酒」に傍点]――に対して不即不離でなければならない[#「に対して不即不離でなければならない」に傍点]。
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実際生活を一点に集約すると、食べること[#「食べること」に傍点]、になると思ふ。
食べることは最も大切で、最も愉快で、神聖[#「神聖」に傍点]といふべきである。
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 十一月十八日[#「十一月十八日」に二重傍線] 曇――晴。

未明起床、演習の砲声が私を考へさせる。
しだいに憂欝が身ぬちにひろがつて堪へがたくなる、散歩、雑木紅葉がうつくしい、櫨紅葉は目さむるばかりである、生きてゐることの幸福[#「生きてゐることの幸福」に傍点]がほのかに湧いてくる。……
友が恋しい、逢ひたい、緑平老、澄太君から音信がないのが気にかゝる、先日の手紙は君ら二人を共に失望させ腹立たせたに違ひない、私が私に愛想をつかすほどだから、君らが私に愛想をつかすのもあたりまへだ、が、それにしても私はあきらめきれない、私はまたと得がたい尊い心友のどちらをも失ふたのだらうか、私はやるせない悔恨に責められてゐる。……
暮れて風が吹きだした、月はかう/\とかゞやいてゐる、何だか寂しくてやりきれないので、或る人へ手土産のつもりで買つて置いた外郎を食べる、なつかしい味だ。
眠れない、眠りきれない。――
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上手下手の境[#「上手下手の境」に傍点]を早く通りぬけたい。
よいとかわるいとかいふ批評を許さない境地に到達したい。
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 十一月十九日[#「十一月十九日」に二重傍線] 曇。

寒うなつた、冬らしく風が吹く。
沈欝、時として、天地に向つて慟哭したいやうな気持におそはれる、それは持病ともいふべきオイボレセンチではない。
私は隠遁生活[#「隠遁生活」に傍点]にはいらう(今までもさうでないことはなかつたけれど)、そして孤独に徹しなければならない[#「孤独に徹しなければならない」に傍点]、それが私の運命だ。
今夜はいつもよりよく眠れた。
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自律心[#「自律心」に傍点]をなくしてしまふ自分を悲しむ。
自律力[#「自律力」に傍点]のない自分を鞭打つ。
アルコールのない生活。
悔のない生活[#「悔のない生活」に傍点]。

自他を欺くなかれ。
自分に佞り他人に甘えるなかれ。
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 十一月廿日[#「十一月廿日」に二重傍線] 晴。

空も私もしぐれる。――
茶の実を採る、アメリカの友に贈るべく。
――私は躓いた、傷いた、そして、しかも、新らしい歩み[#「新らしい歩み」に傍点]を踏み出したのである(その歩みが溌剌颯爽たるものでないことはあたりまへだ)。――
読書、私には読書が何よりもうれしくよろしい、趣味としても、また教養としても、私は読書におちつかう[#「私は読書におちつかう」に傍点]。
信濃の松郎君から頂戴した蕎麦粉を掻いて味ふ、信濃の風物がほうふつとしてうかんでくる。
午後、ポストまで散歩、このごろの散歩は楽しい。
寝苦しかつた。
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   自問自答(一)
     ――自殺について――
死ねるか。
死ねる。
いつでも死ねるか。
いつでも。――
死にたいか。
死にたいといふよりも生きてゐたくないと思ふ。
どうして?
性格
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