破産の苦悩[#「性格破産の苦悩」に傍点]に堪へきれないのだ。
古くさいな!
古い新らしいは問題ぢやない、ウソかホントウか[#「ウソかホントウか」に傍点]、それが問題だ。
それもよからう。
……ウソがホントウになり[#「ウソがホントウになり」に傍点]、ホントウがウソになる[#「ホントウがウソになる」に傍点]。
私の生活はメチヤクチヤだ。
それで。――
生活難ぢやない、生存難だ、いや、存在難[#「存在難」に傍点]だ! 生きる死ぬるの問題以前の問題だ。
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 十一月廿一日[#「十一月廿一日」に二重傍線] 時雨。

めつきり冬らしくなつた。
めつたにないことであるが、頭が重苦しい、断酒五日[#「断酒五日」に傍点]にわたるせいかも知れない。
終日無言[#「終日無言」に傍点]、時雨を聴き枯草を観る[#「時雨を聴き枯草を観る」に傍点]。
林五君に、そして緑平、澄太、比古の三君に懺悔謝罪状を送る。……
天蒼々地茫々、そして人漠々。
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林伍君に――
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――所詮、無能無力、そして我がまゝ気まゝ、これでは苦しむのがあたりまへでせう、みんな身から出た錆で、どうしようもありません、人生は苦悩の連続ですね。――
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緑平、澄太、比古君に――
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――辛うじて非国民非人間の泥沼から立ちあがることが出来ました、前後截断、余生をつゝましくうつくしく生きぬく覚悟であります、既徃重々の悪業、改めて謝罪いたします。
  百舌鳥するどく
     酔ひざめの身ぬちをつらぬく
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 十一月廿二日[#「十一月廿二日」に二重傍線] 晴、時々曇る。

安静、そして憂欝。
ともすれば死の誘惑[#「死の誘惑」に傍点]を感じる、しんじつほんたうに、まつたく落ちついてゐないからだらう。
柚子味噌をこしらへる、たいしてうまいものではないけれど、純日本的な味がある(こしらへ方も日本的だ)。

 十一月廿三日[#「十一月廿三日」に二重傍線] 曇。

寒い風が吹く、雪でも降りさうな。
水仙を活ける、ことしはあたゝかいので早く蕾をもつた、私は日本水仙[#「日本水仙」に傍点]の清純を愛する、色も香も気高い。
忠彦君へ詫状を書く、強いて詫びなくてもよいのだが、詫びなくては、私の気がすまないのである、忠彦君よ、早く元気になりたまへ、そしていつしよに人生を楽しみませう[#「いつしよに人生を楽しみませう」に傍点]。
今日此頃の私は転身一路の安静[#「転身一路の安静」に傍点]である、人間は、ことに私のやうなものは、落ちるところまで落ちないと落ちつけないらしい。
自分をごまかすな[#「自分をごまかすな」に傍点]、どんな場合でも。
快食は出来る、快眠が出来ない、修行が足らないのだ。
午後は散歩する、M屋に寄つて一杯また一杯(一週間ぶりの酒だけれど、あまりうまくなかつた)、それからついでにK店に寄つてなでしこ[#「なでしこ」に傍点]を借りて帰つた。
酒も煙草もなか/\やめられないが、どうやら酒が水になりさう[#「酒が水になりさう」に傍点]である。
米[#「米」に傍点]と味噌[#「味噌」に傍点]と炭[#「炭」に傍点]と石油[#「石油」に傍点]と、そして本[#「本」に傍点]と、そして酒[#「酒」に傍点]と煙草[#「煙草」に傍点]と、そして。――
新古今を読みつゞけた、その技巧には感服する、しかし私はさういふ歌を作らうとは考へない、やつぱり万葉がよい、そこには掬めども尽きないものがある。
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一、社会的自覚  人間として
一、国民的自覚  日本人として
一、個人的自覚  俳人山頭火として

自然と不自然[#「自然と不自然」に傍点]
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自然らしい不自然
不自然らしい自然
私の場合
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 十一月廿四日[#「十一月廿四日」に二重傍線] 曇。

寝苦しかつた夜が明けて陰欝な日が来た。
身心整理[#「身心整理」に傍点]。――
みそさゞいが寒さうに啼く、その声は私の声ではあるまいか、私の句はその声のやうなものだらう。
裏山逍遙、あゝ山は美しいと讃嘆しないではゐられなかつた、山はほんたうに美しく装ひしてゐる。
此頃は毎朝、有明の月がさやかである、その月を仰いで、私は昨夜見た夢を恥づかしく思つた。
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   自問自答(二)
     ――(生死について)――

『生死を超越したる生死』
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 十一月廿五日[#「十一月廿五日」に二重傍線] 晴。

冬らしい冷たさ、朝寒夜寒であるが。
午前中はうらゝかだつたが、午後はうそ寒かつた。
――ほろびゆくものゝうつくしさ[#「ほろびゆくものゝうつくしさ」に傍
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