か。
自己破壊か。
自己忘却[#「自己忘却」に傍点]か。
[#ここで字下げ終わり]
十一月二日[#「十一月二日」に二重傍線] 三日[#「三日」に二重傍線] 四日[#「四日」に二重傍線] 五日[#「五日」に二重傍線]
飲んだ、むちやくちやに飲んだ、T屋で、O旅館で、Mで、K屋で。……
たうとう留置場にぶちこまれた、ああ!
十一月六日[#「十一月六日」に二重傍線] 七日[#「七日」に二重傍線] 八日[#「八日」に二重傍線] 九日[#「九日」に二重傍線]
南京虫に苦しめられた、それよりも良心に責められた。
南京虫よりも劣つた私だ、何といふ醜悪!
検事局にまはされ、支払を誓約して解放された。
歩いて戻つた。――
十一月十日[#「十一月十日」に二重傍線] 曇。
白紙になつて生きよう[#「白紙になつて生きよう」に傍点]、すなほに一切を受け入れよう[#「すなほに一切を受け入れよう」に傍点]。
嘘をいふな[#「嘘をいふな」に傍点]、善いことも悪いことも、他人に対しても、自分に対しても。
心気透明、澄みわたる心が刃物のやうに冴えかへる。
十一月十一日[#「十一月十一日」に二重傍線] 曇。
身心きわめて沈静。
悲しい手紙を書きつゞける。
非国民、非人間のそしりは甘んじて受ける。
胸が痛い、心が痛い。
かへりみてやましい生活ではあつたが[#「かへりみてやましい生活ではあつたが」に傍点]、かへりみてやましい句は作らなかつた[#「かへりみてやましい句は作らなかつた」に傍点]、それがせめてものよろこびである。
最後の場面[#「最後の場面」に傍点]、山頭火五十五年の生涯はたゞ悪夢の連続に過ぎなかつた[#「山頭火五十五年の生涯はたゞ悪夢の連続に過ぎなかつた」に傍点]。
緑平老よ、澄太君よ、赦して下さい、健よ、悲しまないでくれ。
十一月十二日[#「十一月十二日」に二重傍線] 晴。
朝早く、樹明君来庵、何だか形勢おだやかでない、先日来の出来事を告白する。
堪へがたい憂欝に堪へてゐるところへ、N君来訪、冷静に現在の自分を暴露する。
N君の好意を受けて、久しぶりに酒盃をとりかはす、すこし酔うて、いつしよに街へ出かけて、Mでしばらく遊んでから別れる、帰庵して残りの酒を飲みながら考へてゐると、酔樹明君があやしげな女を連れて来た、けつきよく、また連れ出されて、その女の許に泊つてしまつた。……
[#ここから1字下げ]
虚心[#「虚心」に傍点]。――
生死を超越した生死、是非を超越した是非、得失を超越した得失。
色即空[#「色即空」に傍点]、空即色[#「空即色」に傍点]。
煩悩を離れて人間は存在しない、存在することは出来ないけれど、人間は煩悩に囚へられてはならない、煩悩を御するところに生活がある。
[#ここで字下げ終わり]
十一月十三日[#「十一月十三日」に二重傍線] 曇。
その翌朝だ、――何といふ悲しい現実だ。
Kさんからの手紙が私を悲しませる。
鶲よ、お前もさびしい鳥だね。
ぢつとしてゐるに堪へきれなくなつて散歩する、阿知須まで行つた、その塩風呂はよかつた、中食もうまかつた、夕方帰庵して、めづらしく熟睡をめぐまれた。
十一月十四日[#「十一月十四日」に二重傍線] 晴――曇。
沈静、待つものは来ないけれど。――
土に還る[#「土に還る」に傍点]、――ああ!
身辺整理。
みそさゞいが来て、さびしい声で啼く。
夕、ポストまで出かける、ついでに理髪する、そして一杯やる、この一杯は最後の一杯[#「最後の一杯」に傍点]となるかも解らない。
[#ここから1字下げ]
“I am a rolling stone !”
もう地団太ふんではゐない。
尻餅をついたのだ!
[#ここで字下げ終わり]
十一月十五日[#「十一月十五日」に二重傍線] 晴。
うらゝかな日ざしが身ぬちにしみとほる。
私は最後の関頭に立つてゐる、死地に於ける安静!
身辺整理、いつでも死ねるやうに。――
健から電報為替が来た、おお健よ、健よ、合掌。
樹明君に一書を託し置き、直ぐ山口へ急ぐ、どうにかかうにか事件解決、ほつとする、ぐつたりして一風呂浴びてから一杯ひつかける、のんびりとS屋に泊つた。
純真であることの外に私の生きてゆく道はない[#「純真であることの外に私の生きてゆく道はない」に傍点]。
十一月十六日[#「十一月十六日」に二重傍線] 曇――晴。
朝、無事帰庵。
昨日の私、そして今日の私。――
[#ここから2字下げ]
私も此事件を契機として断然更生します、作詩報国の心がまへで、余生[#「余生」に傍点]を清く正しく美しく生きませう。
[#ここで字下げ終わり]
酒を慎まう、自分を育てよう、ほんたうの山頭火を表現[#「ほんたうの山頭火を表現」に傍点]しよう。
信濃のH君から蕎
前へ
次へ
全17ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング