ともいへない秋日和である。
三時頃、樹明君やうやく来庵、お土産として若鶏の肉、おいしかつた。
おもしろかつた、よかつた、うれしかつた、万歳!
酒と肉とがからだいつぱいになつたやう、私の肉体は不死身みたいに変態的だ(精神が変質性であるやうに)。
年をとつて、とかく物忘れ[#「物忘れ」に傍点]するやうになつた、それがあたりまへであり、そしてわるくないとは思ふが、何だかさびしくないでもない、やつぱり年はとりたくないものだ。
今夜はなか/\寝つかな[#「かな」に「マヽ」の注記]かつた、なんどもランプをつけたり消したりした。
更けてからの月が良かつた。
[#ここから1字下げ]
今日の御馳走
一金七十銭 酒
一金弐十一銭 松茸
一金九銭 豆腐
〆金壱円也、あるたけ!
[#ここで字下げ終わり]
十月廿五日[#「十月廿五日」に二重傍線] 晴――曇。
けさも早起、朝景色のよろしさを心ゆくまで観賞する、生きてゐることのよろこび[#「生きてゐることのよろこび」に傍点]を感じる。
たよりいろ/\、アメリカの大月君からはうれしい手紙を貰つた、名古屋の森君からは長良川の鮎の粕漬を頂戴した。
今更ながら、買ひ被られる心苦しさ[#「買ひ被られる心苦しさ」に傍点]、見下げられる気安さ[#「見下げられる気安さ」に傍点]を思ふ。
散歩がてらポストへ、――櫨紅葉が日にましうつくしうなる、野菊が咲きだした、龍膽も咲いてゐる、……秋は野に山にいつぱいだ[#「秋は野に山にいつぱいだ」に傍点]。
おいしい昼餉をいたゞく。
何と敏感にして、そして手足不自由な秋蠅よ。
午後、湯屋へ、ばら/\雨に濡れながら。
今日は宮市の花御子祭[#「花御子祭」に傍点]ださうな、昔なつかしいおもひにうたれる。……
おだやかな夕焼、よき眠あれ。
[#ここから1字下げ]
┌Over value
└under value
[#ここで字下げ終わり]
十月廿六日[#「十月廿六日」に二重傍線] 今日も快晴。
たよりいろ/\、いづれもうれしいが、とりわけて、アメリカのOさん、イキス[#「キス」に「マヽ」の注記]のKからのはうれしかつた。
うれしいこと、かなしいこと、さびしいこと。
払へるだけ払ひ、買へるだけ買ふ、――それからまた、散歩、湯田へ、飲む、酔ふ、泊る。
十月廿七日[#「十月廿七日」に二重傍線] 晴。
Fで飲む、アルコールなしでは夢がなさすぎる私の生活だ!
あちらこちら彷徨、今夜も湯田泊。
[#ここから1字下げ]
○流転しながらも安定を失はざれ。
○動中静。
○謙遜であれ、自他に対して。
[#ここで字下げ終わり]
十月廿八日[#「十月廿八日」に二重傍線] 曇。
ぼう/\として、歩いて戻る、……いつものやうに、つゝましく、わびしく。……
十月廿九日[#「十月廿九日」に二重傍線] 曇。
降りさうで降らない、だん/\晴れる。
――生死の問題がこびりついて離れない、死を考へるはそれだけ生に執着してゐるのだ、生死超脱[#「生死超脱」に傍点]の境地には生死の思念はないのだ。――
十月三十日[#「十月三十日」に二重傍線] 雨――曇。
久しぶりの雨、秋らしくしよう/\と降る。
身心沈静。
迷悟共に放下せよ[#「迷悟共に放下せよ」に傍点]、一切空に徹せよ[#「一切空に徹せよ」に傍点]。
山野逍遙遊、雑木紅葉のうつくしさ、秋の野草のうつくしさ。
菊の花のよろしさは、りんだうのよろしさは。
純真[#「純真」に傍点]と情熱[#「情熱」に傍点]と、そして意力[#「意力」に傍点]と。
十月卅一日[#「十月卅一日」に二重傍線] 曇。
たよりはうれしい、木の葉がうつくしいやうに。
散歩、一杯また一杯、一歩一杯[#「一歩一杯」に傍点]とでもいはうか。
樹明君の案内を受けたので、農学校の運動会へ出かけたが面白くないので(私はスポーツ、一切の勝負事に興味を失つてゐる)、早々帰庵して読書。
生きものが――むろん人間が――私が――生きてゆくことはなか/\むつかしい、木の実草の実を食べて、それですむならばどんなにラクだらう、などゝ考へる。
閑居句作[#「閑居句作」に傍点]、その外に私の生きる道があるかよ。
読みたい本があつて、そして酔へる酒[#「酔へる酒」に傍点]があるならば、そこは極楽だ。
十一月一日[#「十一月一日」に二重傍線] 曇、時雨。
早起、安静。
詩作報国[#「詩作報国」に傍点]をおもふ、日本を歌へ[#「日本を歌へ」に傍点]! 歌はなければならない[#「歌はなければならない」に傍点]。
純情[#「純情」に傍点]を失ふなかれ、正直であれ、自他に対して。
散歩がてらポストへ。
――ふらふら湯田をさまよふた、そして自分をなくしてしまつた。――
[#ここから1字下げ]
自己否定
前へ
次へ
全17ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング