ぎる」に傍点](飲みすぎることはいふまでもなからう!)、とかく貧乏人の胃袋は大きい、ルンペンは殆んど例外なしに胃拡張的だ、私は自分でも驚くほど大食だ、白飯をぞんぶんに詰め込むと年寄にはもたれ気味[#「もたれ気味」に傍点]になるが、大麦飯[#「大麦飯」に傍点](米麦半々)ならば腹いつぱい食べてもあまり徹へないのである、あゝ食べることはあまりに痛切だ[#「あゝ食べることはあまりに痛切だ」に傍点]。
晩は久しぶりの豆腐で、おいしい麦御飯を頂戴した、張り切つた腹を撫でゝは結構々々!
夜、上厠後の痔出血で閉口した、焼酎と唐辛とのせい[#「せい」に傍点]だらう、老人は強い刺戟を慎むべし。
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――わが南京攻囲軍は十三日夕刻南京城を完全に占領せり。
江南の空澄み渡り日章旗城頭高く夕陽に映え皇軍の威容紫金山を圧せり。――
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[#地付き](上海日本海軍部公報)
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大空澄みわたる
  日の丸あかるい涙あふるる  (山生)
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 十二月十五日[#「十二月十五日」に二重傍線] 快晴。

早起、身辺整理。――
小春日和のうらゝかさ、一天雲なし、気分ほがらか。
書かなければならない、出さなければならない手紙があるのだけれど、今日も果さなかつた、播いたものは刈らなければならないのに、私はどうしてこんなに我がまゝなのだらう。
終日独坐[#「終日独坐」に傍点]、無言行[#「無言行」に傍点]。
良い月夜だつた、霜月十三夜である。

 十二月十六日[#「十二月十六日」に二重傍線] 霜晴。

昨夜の夢の名残が嫌なおもひをさせる。……
その後[#「その後」に傍点]一ヶ月経つた、私はいよ/\落ちつく。……
やうやくにして、長い悲しい恥づかしい手紙を書きあげて、さつそく投函した、健よ健よ許してくれ許してくれ!
沈欝たへがたきにたへた、あゝ苦しい。
落ちたるを拾ふといふよりも、捨てられたる物を生かす気持[#「捨てられたる物を生かす気持」に傍点]で、また一つ拾うて戻つた。
大根一本二銭、おろしたり煮たり漬たり、なんぼ大根好きの私でも一度や二度では食べきれない。
今夜も良い月夜、玲瓏として冴えわたる月光がおのづから天地の悠久[#「天地の悠久」に傍点]を考へさせた、いつまでも睡れなかつた。
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悠久な時の流れ[
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