八月十五日[#「八月十五日」に二重傍線] 晴。

今日も暑いことだらう、朝から汗が出る。
沈欝、ああたへがたいかな。
上海爆発! 爆発すべくして、たうとう爆発した。
午後、招待されて、宿直室に樹明君徃訪、久しぶりの会合であつた、酒とそうめん、風呂、ラヂオと新聞、いろ/\御馳走になつた。
おかげで熟睡。

 八月十六日[#「八月十六日」に二重傍線] 晴。

暑い/\、朝、はだかで御飯を炊いてゐるところへ、ひよつこりと斎藤さん来庵、閑談半日のよろこびを味ふ。
つく/\ぼうし、つく/\ぼうし。
泣菫の随筆を読む、おもしろいけれど、どことなく堅苦しい。

 八月十七日[#「八月十七日」に二重傍線] 晴――曇。

暗いうちに眼覚めて、すぐ起きる、しみ/″\秋を感じる。
私の秋だ[#「私の秋だ」に傍点]。
駅から万歳々々の喊声が聞える、ほんたうにすみません、すみません。
右の胸が痛い、先夜、酔うて転んだためである。
私を救ふものはたゞ疾病か[#「私を救ふものはたゞ疾病か」に傍点]!
寝苦しかつた、切ない夢の連続だつた。

 八月十八日[#「八月十八日」に二重傍線] 曇――晴。

けさも早起。
あぢきない日々[#「あぢきない日々」に傍点](この言葉は適切だ)がつゞく。
中支空爆の記事を読んでゐると、私の血も湧く。
ばら/\と日照雨、夕立はなか/\やつて来ない。
死の用意[#「死の用意」に傍点]、いつ死んでもよいやうに、いつでも死ねるやうに用意しておけ。
私は穀つぶし虫[#「穀つぶし虫」に傍点]に過ぎない、省みて恥ぢ入るばかりである。
一切が無くなつた[#「一切が無くなつた」に傍点]、――ひかり、のぞみ、ちからのすべてが無くなつてしまつた。
午後、暮羊君来訪、ついていつて新聞を読ませて貰ふ、そうめんの御馳走になつた。
文藝春秋、婦人公論を読む。
今夜も寝苦しかつた。

 八月十九日[#「八月十九日」に二重傍線] 晴。

たうぶん降りさうにもない、毎日、夕立が来さうで来ない、今日もばら/\の日照雨と遠雷だけだつた。
米がなくなつたので、六日ぶりに街へ、――M屋でコツプ酒二杯弐十四銭、I店で白米四升壱円四十銭、S屋で豆腐二十六銭。
胸が痛い、痛ければ痛いほど私は落ちつく、悲しい矛盾[#「悲しい矛盾」に傍点]である。
ずゐぶん暑苦しい日であつた、そして寝苦しい夜であつた。

 八
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