うれしさ。
飯、飯、飯、酒、酒、酒だつた!
宵から快眠したので、夜中に眼をさまして句作、気に入つた句が作れた。
句、句、句でもあつた(前の文句に対して)。
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今日の買物
(なか/\大きい)
一金四十五銭 ハガキ
一金六十銭 酒
一金壱円弐十銭 木炭
一金三十弐銭 なでしこ
一金六銭 蝋燭
一金六拾弐銭 米
一金十銭 うどん
一金六銭 鰯
一金九銭 味噌
一金拾五銭 ゴマメ
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一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線] 雨。
きのふけふ冬もいよ/\本格的になつたやうだ。
老の鼻水!
午後、街へ、油買ひに麦買ひに、そして一杯やつた、幸福々々。
新聞を見ると、政局不安は何う結着するか誰にも解らないらしい。
日本は何うなるか[#「日本は何うなるか」に傍点]――何うすればよいか――誰もが考へて、そして誰もが苦しんでゐる問題である。
よく食べてよく寝た。
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□現実逃避[#「現実逃避」に傍点]ではない、現実超越[#「現実超越」に傍点]である。
□詩人は現実よりも現実的である。
□現実にもぐりこんで、そして現実を通り抜けるとき詩がある。
現実を咀嚼し消化し摂取して現実の詩が生れるのである。
□現実そのものは詩ではない。
詩は現実の現実[#「現実の現実」に傍点]でなければならない。
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一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線] 曇――晴。
一切放下着、身辺を整理せよ、むしろ心内を清算せよ。
どこかで牛が鳴く、いつまでも長う鳴く、乳房が恋ひしいのか、異性が欲しいのか、――私も何だか泣きたくなる!
午後、中井君だしぬけに来訪。
その間の事情を知つてゐる樹明君も来訪。
ちりで飲む、話がはづんだ、――ルンペン、ポエム、人間、性慾、自然。……
――私は憂欝になる、身心不調だ、――冷酒をあほつて、下らないことをしやべつてごまかす。――
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どこまでゆく遠山の雪ひかる
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中井君が私の旧作を覚えてゐて、放浪の哀愁を語る、二人とも心地よく睡つた。
一月三十日[#「一月三十日」に二重傍線] 晴。
朝日を部屋いつぱいみなぎらせと[#「せと」に「マヽ」の注記]ころで、中井さんと朝酒を酌みかはす、別れてはお互に雲の如く風の如くいつまた逢るやら、逢へないやら、中井君よ、命長く幸多かれ。
へう/\として中井君は行く、私はぼう/\として見送る。……
それにしてもよく飲んだ、昨夜三人で二本、今朝二人で一本、その一本は中井君が絵を売つて、その金で買つてきてくれた酒だ、ありがたい酒かな、すまない酒かな。
小春のうらゝかさ、太陽の恩恵が身心にしみる。
春菊のうまさよ(そのうまさには私が栽培したといふ味もこもつてゐる)。
裏山を歩いて仏前に供へる花をさがす。
梅、水仙、青木、椿、みなどれもうつくしい。
暮れるころ、駅のポストまで出かける、我慢しきれなくてY屋に寄つて二三杯ひつかける、ほろ酔機嫌で戻つてすぐ寝る。
よく睡れたが、夢は怪奇なものだつた、何しろ幽霊があらはれたり猛獣が出てきたり、とてもあやしいものだつた、それはすべて私自身の卑怯醜悪だ!
新聞を見ると、宇垣大将は遂に大命拝辞(大将の官職をも辞退するといふ)、平沼枢相も拝辞、そして林大将大命拝受、これで政局は落ちつくらしい。
私は陸軍の誠意を信じる、熱情を尊ぶ、たゞ憂ふるところは専政、独裁、圧迫、等々である。
政党よ[#「政党よ」に傍点]、しつかりしろ[#「しつかりしろ」に傍点]、国民よ頑張れ[#「国民よ頑張れ」に傍点]!
それはそれとして、私は私自身について考へる(私は人間の例外だ[#「私は人間の例外だ」に傍点]、社会の疣だ[#「社会の疣だ」に傍点])、――私の一切を句作へ、酒はさういふ私を精進させる動力である。
二三合で酔へる私であつたら[#「二三合で酔へる私であつたら」に傍点]、――と今夜もしみ/″\考へたことである。
とにかく、今夜は七十三銭の幸福[#「七十三銭の幸福」に傍点]だつた。
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□生活をうたふ[#「生活をうたふ」に傍点]とは果して何を意味するか、考ふべし。
生活とは何か、考ふべし。
□実生活に於ける自他の問題。
(個人と社会と国家)
芸術内容としての自然人生。
□人生とは。
芸術とは。
詩とは。
俳句とは。
□酒は仏だ、そして鬼だ、仏としては憎い仏、鬼としては愛すべき鬼だ。
□わがまゝな不幸[#「わがまゝな不幸」に傍点]。
最後の我儘は何か――自殺だ[#「自殺だ」に傍点]!
□自殺は弱者の悲しい武器だ[#「弱者の悲しい武器だ」に傍点]。
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一月三十一日[#「一月三十一日」に二重傍線] 曇。
身心正常、このマラを見よ[#「このマラを見よ」に傍点]!
午後、中村さん来庵、西蔵の線香を貰つた、さつそく一本を焚く、ほのかに伽羅の香がする。
いつしよに裏山をぶらつく、墓場の徳利を拾つたり、或は竹田小幅を売り飛ばした不孝話を聞く。
別れてから句作。
お茶漬さら/\うまい/\。
夜は婦人公論の新年号を読む、なか/\面白い。
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□貧乏しても貧乏くさくなるな。
□小さい殻に閉ぢこもつてちゞこまるな。
□独りの酔を味はひ楽しむ。
対山独酌。
□物がなくなつてその物の価値が解る。
物そのものだけでその持味が解る。
□武士は食はねど――はよろしい。
高楊枝――はよろしくない。
□自己を味ふ[#「自己を味ふ」に傍点]。
自己観照[#「自己観照」に傍点]。
□泥酔のうれしさ、泥酔は一切を撥無する[#「泥酔は一切を撥無する」に傍点]。
□自から運転させない資本の持主、自から耕作しない田畑の持主、自己の才能を発揮させない人間――彼等は共に社会のダニだ。
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二月一日[#「二月一日」に二重傍線] 曇――雨。
更始一新。
或は雨を聴き、或は書を読み、終日独坐。
孤独、沈潜――句作。
二月二日[#「二月二日」に二重傍線] 晴、時雨。
いよ/\身心安静なり。
たよりいろ/\、どれもうれしいが、Yさんから米代(酒代といふのだが、現在の場合では酒でなく米になつた)。
澄太君からルナアル日記を送つて貰つたのは、とりわけ、ありがたかつた。
午後、街のポストへ、ついでに入浴、それから一杯、――六日ぶりの風呂、三日ぶりの酒で、ユカイ/\。
ほろ酔機嫌で、うと/\してゐるところへ、Kさん来訪、お土産の餅はうまかつた、ことに草餅は。
林内閣まさに成立、とにかくめでたし。
物価騰貴、木炭の値上りは寒がりの私にはたこ[#「たこ」に「マヽ」の注記]へる、白米が一升につき一銭あがつて、三十二銭(私はいまだ米を高いと思つたことはない)。
私は近頃何となく老人、ことにおぢいさんに心をひかれる、私自身がもうおぢいさん気分[#「おぢいさん気分」に傍点]になつたからでもあらうか。
足が痛い、左足の関節のぐあいがよろしくない、不摂生がリヨウマチを招いたのだらう、私はそれをむしろ喜ぶ、歩行の不自由は(不能となつては困るけれど)私におちつきを与へるだらう、私は酔うて彷徨する悪癖に悩んでゐるからである、不幸な幸福[#「不幸な幸福」に傍点]とでもいふべきか。
私は私の孤独[#「孤独」に傍点]を反省する、それは孤高[#「孤高」に傍点]でなくて孤寒[#「孤寒」に傍点]である、私は孤立[#「孤立」に傍点]を誇るほど思ひあがつてはゐないが迎合[#「迎合」に傍点]に甘んずるほど堕落してもゐない。
在るべきものが――無くてはならないものが――米が炭が石油が在る幸福と喜悦と、そして感謝。
私は幸福だ[#「私は幸福だ」に傍点]、少くとも今日の私は幸福である[#「少くとも今日の私は幸福である」に傍点]。
夜の明けしらむまで不眠、しかし今夜の私には読みたい本があり、灯火があつた。……
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
※[#二重四角、26−1]男は欲しくないが、子供が欲しいといふ女が出現しつつあるといふ。
女は欲しがつて子供を欲しがらない男が存在することはたしかだ。
これも現代相の一面である。
※[#二重四角、26−4]私の好きな食物は――
酒と刺身[#「酒と刺身」に傍点]と、それから餅[#「餅」に傍点]
私の好きな事は――
旅[#「旅」に傍点]と読書[#「読書」に傍点]と句作[#「句作」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
二月三日[#「二月三日」に二重傍線] 晴。
節分――春立つ日。
ルナアル日記を読む、そしてまづ感じたことは、――真実は言つてよいもの[#「真実は言つてよいもの」に傍点]、言ふべきものといふよりも[#「言ふべきものといふよりも」に傍点]、言はずにはをれないものである[#「言はずにはをれないものである」に傍点]――といふことであつた。
足が痛い、左の足が腫れてゐる、かしこまることができなくなつた、よろしい、歩くことがむつかしくなつたつてよろしい、それは日頃から私の望んでゐたところだ!
郵便は来なかつた、それは私をよつぽどさびしうする。
今日になつてもまだ賀状を書きつづけてゐる、それほどのんきでづぼらな私だ。……
午後、ポストまで出かけたついでに樹明君を訪ねる、今夜の八幡宮節分祭で出逢ふことを約束した。
寒鮒と馬肉とを貰うて戻る、有難かつた。
寒い、寒い、寒《カン》らしい寒気。
暮れて節分の鐘が鳴り出した、いろ/\考へさせる声だ、宮市の天満宮は賑ふだらう、思ひ出は甘酸つぱい哀愁だ。
八時頃から出かける、参詣人がつゞいてゐる、境内を探したが樹明君を見つけることが出来ない、約束の場所に約束の時間に一時間近くも待ちうけたが、たうとう逢へなかつた、逢へなかつたことは残念だが、逢はなかつた方がよいやうにも思ふ、とにかくこれからは夜の外出はやめることにしよう、寒くて、そして淋しくてやりきれないので、駅へまはつて(そこまで行かないとマイナスが利かない)、熱いのを数杯ひつかけて帰庵した。
身心共に寝苦しかつた。
[#ここから1字下げ]
┌生活的事実
└芸術的真実[#「芸術的真実」に傍点]
┌芸道[#「芸道」に白三角傍点]
│芸のための芸
└芸そのものを磨く
┌君は都会人で都会にゐる
│都会の風物をうたひたまへ
└都会人としての君をうたひたまへ
┌私は田舎にゐる田舎者だ[#「田舎にゐる田舎者だ」に傍点]
│天然自然の田園をうたうて
└自分を出すより外ないではないか
┌君のビルデイングは私の草屋だ
└私の雑草は君のアドバルーンだらう
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□藪椿[#「藪椿」に傍点]はまことに好きな花木だ、
それに昔風の田舎娘[#「昔風の田舎娘」に傍点]を感じる、
彼女は樸実だが野卑ではない。
□事実を掘り下げて[#「事実を掘り下げて」に傍点]、その底から真実を掴み取ることだ[#「その底から真実を掴み取ることだ」に傍点]。
□雲悠々と観る彼はいら/\してゐるのである、この気持が解らなければ、彼の作品はほんたうに味へない。
□食べる物は何でもおいしくありがたく食べる私[#「食べる物は何でもおいしくありがたく食べる私」に傍点]、私は私を祝福す[#「私は私を祝福す」に傍点]る!
□意志の代用としての肉体的缺陥[#「意志の代用としての肉体的缺陥」に傍点]。
(私の病は私を救ふ)
[#ここで字下げ終わり]
二月四日[#「二月四日」に二重傍線] 晴。
歩行困難、そして気分安静、――快い矛盾[#「快い矛盾」に傍点]、肉身おとろへて心気澄む[#「肉身おとろへて心気澄む」に傍点]、とでもいひたい境地である。
うらゝかな小鳥のうた、春が来たやうな微風。
それにしても、今日も郵便は来ないのか、さび
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