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飲みすぎること[#「飲みすぎること」に傍点]は自制しえないこともないが、さて食べすぎること[#「食べすぎること」に傍点]は自然に任す外ない。
私は日本人であることを喜ぶ、現代に生れたことを喜ぶ、俳句を解することを喜ぶ。
老醜たへがたいものがある!
二郎! お前は此一筋を持たない無能無才だつた、つながるものゝないお前は自殺するより外なかつたのだ! ああ。
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六月十日[#「六月十日」に二重傍線] 晴。
時の記念日。
早起、掃除も御飯も日記書入も何もかもすんでから、六時のサイレンが鳴つた。
なか/\寒い、ドテラをかさねる。
自然にぢかに触れること[#「自然にぢかに触れること」に傍点]、――作者にとつては、その事が何よりも大切である。
裏藪で今年最初の筍を見つけた。
ほんたうに日が長い、終日無言[#「終日無言」に傍点]、読んで楽しむ。
啄木鳥が来た、お前も寂しい鳥だ。
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今日の買物
一金五銭 菜葉一把
一金三十四銭 ハガキと切手
一金十六銭 醤油四合
一金三銭 酢一合
一金十銭 酒一杯
一金九銭 花王石鹸
一金十銭 塩鯖一尾
一金十五銭 石油三合
一金十三銭 若布五十匁
一金九銭 味噌百匁
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六月十一日[#「六月十一日」に二重傍線] 晴――曇、入梅。
未明起床、身心清澄。
――完全に私は私をとりもどした[#「完全に私は私をとりもどした」に傍点]、山頭火はたしかに山頭火の山頭火となつたのである[#「山頭火はたしかに山頭火の山頭火となつたのである」に傍点]。――
落ちついて読んだり書いたり。
藪を探して小さい筍二本貰つた、さつそく煮て食べた、うまかつた。
昼御飯をすましてからポストへ、ついでに学校に寄つて、樹明君に会ふ、新聞を読み、豚と豚の仔を観る。
豚! 十匹近い仔! そこに自然の或る姿[#「自然の或る姿」に傍点]を発見する!
小西さんからよい返事があつた、早く快くなりたまへ。
あるだけの米――五合あまり――を炊く。
――芸に遊ぶ[#「芸に遊ぶ」に白三角傍点]――現在の私はこの境地にゐる。
まことに嫌な夢を見た、私にはまだそんなに未練があり執着があるのか、そんなにも私は下劣醜悪な人間なのか、――悲しくも淋しい一夜であつた。
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┌自然
│ 人間認識[#「人間認識」に傍点]
└歴史(社会)
(時代)
┌自然 ┌物 ┌有限 ┌存在
└人間 └心 └無限 └実在
観る――認識する――描く、詠ふ、奏でる
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六月十二日[#「六月十二日」に二重傍線] 曇――少雨――晴。
沈静。――
午前、ポストへ、一杯ひつかける、味噌を買ふ、財布には一銭銅貨が二つしか残つてゐない。
梅雨らしく晴曇さだまらず、それでよろしい。
午後、晴れたので散歩、山越えして伊藤さんを訪ねる、幸にして在宅、二時間ばかり話して帰る、小さい壺と、そして白米一升を貰つて(米を無心したときは内心恥ぢ入つた)。
伊藤さんは交れば交るほど味の出てくる人物らしい、私と意気投合するかも知れない(私と同様に独居生活で、そして息子自慢だ、君は外に働きかけんとし、私は内に潜みがちになるが)、とにかくうれしい訪問であつた。
夕方、暮羊君来訪、しばらく話す。
早く寝床に入つたが寝苦しかつた。
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私の場合では、貧乏はむしろ有難い[#「貧乏はむしろ有難い」に傍点]、若し私が貧乏にならなかつたならば、一生、食物のうまさを知らなかつたらうし、また、飲んだくれて早死してしまつたらうから。……
貧楽[#「貧楽」に白三角傍点]である。
※[#二重三角、101−6]私の生活態度を食物の場合で説明すると、――いふところのうまい食物[#「うまい食物」に傍点]でも食べる人間が健全[#「健全」に傍点]でなければ、うまいと味ふことは出来ない、それと同様に、いはゆるまづい物[#「まづい物」に傍点]、いや、うまくない食物[#「うまくない食物」に傍点]でも身心が調うてゐれば[#「身心が調うてゐれば」に傍点]、おいしく、ありがたく味ふことが出来る、――それが人生の味[#「人生の味」に傍点]だ。
与ふれば与へらる[#「与ふれば与へらる」に傍点]、捨てると拾はせられる。
すること[#「すること」に傍点]はさすこと[#「さすこと」に傍点]となつてかへつてくる。
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――行乞僧の言葉 ┌なる
└する
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六月十三日[#「六月十三日」に二重傍線] 晴――曇。
旧端午、日曜、日々好日だけれど、今日は好日中の好日だ、誰かお団子をくれないかな。
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