しての面目まるつぶれだ)俳諧修行[#「俳諧修行」に傍点]なら出来る、現に日夜それに全身全心をうちこんでゐる、俳諧修行もまた仏道修行の一つとはいへないだらうか[#「俳諧修行もまた仏道修行の一つとはいへないだらうか」に傍点]。
何物をも粗末にしない私が、なぜ、酒を粗末にするのだらうか、つつましい私であつて、しかも私自身をないがしら[#「ら」に「マヽ」の注記]に扱ふのは何故であらうか、酔中の私[#「酔中の私」に傍点]を考へると泣きたくなる。
近隣の子供たちが林の中でばさ/\栗の木をたたいてゐる、栗の実は拾ふべきもの[#「栗の実は拾ふべきもの」に傍点]で、もぐものではないと思ふ。
柿はもぐべきもの[#「柿はもぐべきもの」に傍点]、たゞし熟柿は落ちる!
ゆふべのしめやかさが自分について考へさせる、――愚に覚めて愚を守れ[#「愚に覚めて愚を守れ」に傍点]、生地で生きてゆけ[#「生地で生きてゆけ」に傍点]、愚直でやり通せよ[#「愚直でやり通せよ」に傍点]、愚人の書でも綴れ[#「愚人の書でも綴れ」に傍点]。――
昨日今日またぬくうなつた、浴衣一枚でもよかつた。
樹明君に対して何となく不安を覚える、数日前、日記と句帖とを無理借されて、其後音沙汰なしが、その一因でもあるが、酒を飲んだ君は信用出来ない、君が好人物であるだけ惜しい。
夜、枕許へこほろぎがやつてきた。……
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(拾日)
・郵便が来てそれから柿の葉のちるだけ
・播きをへてふかぶかと呼吸する
・昼ふかく落葉に落葉が落ちては
・鳴いて鳴いてこほろぎの恋
・何おもふともなく柿の葉のおちることしきり
・ぢゆうわうにとんだりはねたり蝗の原つぱ
・もろいいのちとして手のしたの虫
・柚子の香のほの/\遠い山なみ
・砂ほこりもいつさいがつさい秋になつた
・生きてはゐられない雲の流れゆく
・明日は死屍となる爪をきる
・捨てたをはりのおのれを捨てる水
・眼とづれば影が影があらはれてはきえる
・水音のとけてゆく水音
・死へのみちは水音をさかのぼりつつ(改)
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□正しく[#「正しく」に傍点]、たゞ正しく[#「たゞ正しく」に傍点]、そこから美しさも清らかさもすべて生れてくる。
□古きものほど新らしきはなし[#「古きものほど新らしきはなし」に傍点]、真理は平凡なり[#「真理は平凡なり」に傍点]、例へば、私たちはいつでも真実[#「真実」に傍点]でなければならない、真実に生きなければならない。
問題は真実の内容[#「真実の内容」に傍点]にある、真実であることに間違はないが、何が真実であるか、現代に即して自我の発露はどうすれば真実であるか。
いかに考へ、いかに行ふべきであるか。
いひかへると、真実の表現は何であるか[#「真実の表現は何であるか」に傍点]。
□托鉢して、そして仏弟子として修行しないならば、それは一種の詐偽取財[#「詐偽取財」に傍点]だ。
行乞して、物資を費消するならば、それも一種の搾取[#「搾取」に傍点]だ。
仏家として仏道に精進しないならば、背任行為[#「背任行為」に傍点]ではないか!
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十月十一日[#「十月十一日」に二重傍線] 晴、空の色がはつきりしないけれど。
沈潜、自己を掘り下げることが今の私の仕事だ。
Jさんの子供が柿もぎに来た、今年はこゝの柿はあまりなつてゐない、よそのはたくさんなつてゐるのに。
今日は誰か来さうなものである、来てくれるとよいな、と思つてゐるところへ樹明君が来た、よかつた、よかつた、安心した(私の予感があたらないでもなかつたらしい、先日来、酒のために悩まされたといふ)、御飯を食べてから、君は沙魚釣に、私はポストへ。
今日も品行方正!
午後、T酒店の主人が空罐拾ひに来て閑談しばらく、先日の新聞記事が利いてるらしい。
秋を味ふ、眼で柿を食べる[#「眼で柿を食べる」に傍点]。……
がちやがちやがまだ鳴いてゐる、鈴虫があちらで一匹、こちらで一匹、おとなしくさびしく鳴く。
どうも寝苦しい、やつと寝つくと悪夢におそはれる、詰らないことである。
過去は過去、未来は未来、後悔するな、遅疑するな、現在を十分に生きろ[#「現在を十分に生きろ」に傍点]!
第一山頭火、第二山頭火、第三山頭火。――
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「秋風日記」
○播くもの――宮重大根、聖護院大根、ころげ蕪、新菊、ほうれん草(ワケギを植ゑる)。
○秋を味ふ――酒と松茸。
○風、月、草、虫。――
○蚯蚓つぶやいて曰く――俺の寝床の平和をみだすのは誰だ!
こほろぎはさゝやく――こゝはわたしの産褥ですよ。
雑草曰く――もうぢき枯れるんだ。
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(十日)
・にぎや
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