げ終わり]

 十二月廿七日[#「十二月廿七日」に二重傍線] 晴――曇。

霜、冷たいが快い、うらゝかな冬枯風景。
鶲が啼いてゐる、鵯も啼いてゐる。
身心いよ/\澄む[#「身心いよ/\澄む」に傍点]。
今日は酒なし、それもよからう。
午後、街へ出かけて買物少しばかり。
うまい晩飯だつた、鰯――それも塩鰯――と麦飯とはよく調和してゐる、農村生活らしい食卓だ。
宵は睡れなかつたが、明方からぐつすり睡れた、明るい月夜だつた。
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□感情の真実[#「感情の真実」に傍点](純化、深化、強化)
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事象に囚はるゝ勿れ、景象の虜となる勿れ。
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□純粋俳句[#「純粋俳句」に傍点](俳句のための俳句[#「俳句のための俳句」に傍点])
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動機の純粋。
題材の純粋。
表現の純粋。
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□大衆化[#「大衆化」に傍点]とは通俗化にあらず、読者の多数を意味せず、各階級に読まれ味はゝれることなり、年齢、境遇、性情を超えて理解せられることなり。
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 十二月廿八日[#「十二月廿八日」に二重傍線] 晴――曇。

今夜は霜月の満月だが。……
今日は役所は御用納め[#「御用納め」に傍点]、其中庵裡には御用の始めもなく、随つて納めもなし。
朝早くから畑打つ人々、家内惣出だ、その音には何ともいへないハーモニーがある。
めづらしく朝寝した、のんびりしたものだ、それからまた晴れて暖かい幸福を味はつた。
今日は郵便も来なかつた。
今日も酒なしか、――などと考へてゐるところへ、Kさん来訪、まだ酒があるから、樹明君を誘うて、もう一度(二度でも三度でも)忘年会を開かうといふ、大賛成で待ち受けてゐると、暮れないうちに、樹明君は魚の包を、Kさんは罎詰を持つて来庵、それからおもしろおかしく飲んで解散した、めでたやめでたや、善哉々々! 年も忘れたが、自分を忘れた、うれしいね、愉快だね。
樹明君何となく憔悴してゐる、数日間の気苦労と酒宴つづきのためだらう、気の毒でもあり癪にもさわる!
私は其中感月[#「其中感月」に傍点]でぐつすり寝た、明方近く覚めて句作。
暁の月はほんたうによかつた、この月を観よ[#「この月を観よ」に傍点]と叫びたかつた。
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 第五句集 柿の葉[#「柿の葉」に白三角傍点]
 山頭火と緑平と澄太との三重奏
△山緑澄――山の緑は澄む[#「山の緑は澄む」に傍点]、と読めば読まれる。
  (其中庵風景)
 月から柿の葉ひらり   山
 柿の葉おちこませてゐることか   緑
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 十二月廿九日[#「十二月廿九日」に二重傍線] 晴、時雨。

今日はよつぽどぬくかつた。
晴雨共によろし、寒くさへなければ(私は暑さには強い)。
庵主は般若湯が好き、いつも赤い顔して赤字で苦しんでゐる、山頭火よ、と自から嘲り自から慰める。
天地人に対してすまない[#「天地人に対してすまない」に傍点]、といつも私は思ふ、思ふだけで、それを実現することは出来ないけれど、――今日も強くさう思つた。
いやな鴉の鳴声が気にかゝつて困つた。
緑平老から年忘れの一封を頂戴した、すみません、すみません。
うまい昼食であつたが、さびしい昼食でもあつた。
夕方、農学校へ行く、樹明君宿直、御馳走になつて、ラヂオを聴いたりなどして泊る。
ぐつすりとよく睡れた。
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□凝心[#「凝心」に傍点]もよいが放心[#「放心」に傍点]もわるくない、若い時は心を凝らして求めるがよろしく、年をとつてはぼんやりと充ち足りてゐる貌がよい[#「充ち足りてゐる貌がよい」に傍点]。
□完成と未完成、人生は完成への未完成[#「完成への未完成」に傍点]である、生死去来はその姿である。
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 十二月三十日[#「十二月三十日」に二重傍線] 晴。

日本晴だ、霜がうらゝかだつた。
今年もいよ/\押しつまつて、余すところ一日となつた、私は忙しくはないけれど、あまりノンキでもない、年の瀬はやつぱり年の瀬だ。
朝寝して、御飯をよばれて、何やかや貰つて、十時近く帰庵。
おちついてつつましく、読んだり炊いたり、考へたり歌つたり、歩いたり寝たりして。――
鰤のうまさ、うますぎる!(先日貰つた残り)
午後は曇つて憂欝になつてゐるところへ、樹明君来庵、すぐ酒屋へ魚屋へ、Jさんも加はつて、第三回忘年会[#「第三回忘年会」に傍点]を開催した、酒は二升ある、下物はおばやけ、くぢら、ユカイだつた、おとなしく解散して、ほんにぐつすり寝た。

 十二
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