勿躰ないも卑しいからといふ諺にあてはまるやうではいけない。
□酔ふと、とかくおしやべりになる、つつしむべきことだ。
□かなしくても涙、うれしくても涙。
よろこびにも酒、うれひにも酒。
酒と涙とは人生の清涼剤か[#「酒と涙とは人生の清涼剤か」に傍点]!
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十二月廿二日[#「十二月廿二日」に二重傍線] 晴。
晴れてうつくしい朝、酒があつてうれしい朝。
午後ポストまで、米と石油とが重かつた、途上Jさんに出くわしてきまり[#「きまり」に傍点]のわるい思ひをした、自分のぐうたらな過去を恥ぢるばかりだつた。
うまい夕飯を食べた、よい月を眺めた、おとなしい一日であつた。
十二月廿三日[#「十二月廿三日」に二重傍線] 曇――晴。
ゆつくり朝寝した、冬らしい寒さだ、これしきの寒さでも寒がり老人にはこたえるのだから情ない。
一杯機嫌で身辺を整理する。
今日の樹明君は忙しくて、そして鹿爪らしく構へてるだらう、義弟新婚の引受人だから、などゝ考へる。
午後、郵便局へ、ついでに床屋へ、それから湯屋へ寄つて、さつぱりして戻つた。
夜はやつぱりあまりよく睡れなかつた。……
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天地間に偶然といふものはない[#「天地間に偶然といふものはない」に傍点]、と確信するやうになつた。
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十二月廿四日[#「十二月廿四日」に二重傍線] 晴。
曇つて冷える、なか/\寒い。
自分でも感心するほど身心が落ちついてきた、機縁が熟したといふ外ない。
しづかなよろこび、それは私の孤独な貧楽[#「私の孤独な貧楽」に傍点]だ。
暮れる前、駅まで出かけてY屋に寄る、ほどよく酔うて戻つて、あつさりお茶漬を食べて、すぐ寝た。
宵寝が覚めてから長い夜であつたが、よい月夜でもあつた。
十二月廿五日[#「十二月廿五日」に二重傍線] 曇。
霜、氷、そして雪もよひ、今年の冬の最初の日といつたやうな冷たさだつた。
今日はなつかしい祖母の日。
彼女は不幸な女性であつた、私の祖母であり、そしてまた母でもあつた、母以上の母であつた、私は涙なしに彼女を想ふことは出来ないのである。
母の自殺(祖母の善良、父の軽薄、私の優柔)、――ここから私一家の不幸は初まつたのである。
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我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋痴
従身口意之所生
一切我今皆懺悔
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ああ、一切我今皆懺悔、私はお位牌に額づいて涙するばかりである。……
寒い、寒い(あとで聞けば零度以下だつたさうな!)、何かあたゝかいものでも食べよう。そば粉でもかこうか。
昨日今日はクリスマスだ、なるほどな!
正午のサイレンが鳴つてから、火燵にもぐりこんでゐると、靴音、Kさんだ、クリスマスだから寒いから今晩一杯やらうといふ相談である(何の彼のと酒飲は酒を飲みたがる)、かういふ相談ならいつでもO K! 用意する材料もないが、それでも菜葉を切つたり、大根をおろしたり、――約を履んで、まづSさん来庵、つゞいてKさん来庵、酒はあるし下物はあるし、――いつしよに歩いてMへ、女、女、酒、酒、よかつたな、よかつたな!
ちやんと戻つて、御飯を食べて、ちやんと寝てゐた。
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□第三出発[#「第三出発」に傍点]――
第一、破産出郷
東京熊本時代へ
第二、出家得度
放浪流転時代へ
第三、老衰沈静[#「老衰沈静」に傍点]
小郡安住時代
(これからが、日本的[#「日本的」に傍点]、俳句的[#「俳句的」に傍点]、山頭火的時代[#「山頭火的時代」に傍点]といへるだらう)
□一つの存在[#「一つの存在」に傍点]――
[#ここで字下げ終わり]
十二月廿六日[#「十二月廿六日」に二重傍線] 曇――晴。
昨夜の今朝だ、あるだけの酒を飲む。
ひとり唄ふ[#「ひとり唄ふ」に傍点]、踊つて一人[#「踊つて一人」に傍点]!
昨日の寒さにひきかへて今日の暖かさ。
午前、Kさん来庵、昨夜の会合の愉快だつたことなど話して、今日もまた飲まうといふ、それもよからう、何度でも忘年会をやつたつてかまはない。
午後、郵便局へ出かけたついでに入浴、冷酒の酔が一時に。
板敷で一寝入、途中また教会堂の縁側で一睡、いそいで戻ると、留守中にKさんが酩酊して来たと書き残してある、しまつた、すまなかつた。
晩飯だか夜食だか解らない御飯を食べて、火燵でうたた寝。
ふくろうが啼く、さびしい鳥のさびしい唄だ。
酔は時空を超越する[#「酔は時空を超越する」に傍点]、いや撥無する[#「いや撥無する」に傍点]、昼夜なく東西なく、酔境は展開する!
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□机上のみだれたるは心中のみだれたるなり。
[#ここで字下
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