傍点]  ├歴史的展開
一時流行――(移るもの)┘
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□万物此一点にあつまる[#「万物此一点にあつまる」に傍点]、そこに芸術がある、心の芸術である。
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 十二月十九日[#「十二月十九日」に二重傍線] 曇。

今日はだいぶ冬らしく。
ぐつすり睡れたので、いつもより気分が軽い。
やうやく井戸に水がたまつた、濁つてはゐるけれど使へないこともない、これで何十日ぶりかで、毎日の水貰ひの苦労をしないですむやうになつた、ありがたい。
あるだけの米を炊く。――
小包が来た、遠く浅間の麓から江畔老が心づくしの品――蕎麦粉である、涙がこぼれるほどうれしかつた、それは江畔老その人のやうにあたゝかくておいしい! 合掌瞑目、しばらく信州の山河と人々とをなつかしがつた。……
漁眠洞さんから、女学校々友会雑誌ふぢなみ[#「ふぢなみ」に傍点]も来た、これもうれしい読物だつた。
私はひとりしみ/″\幸福感にひたつた。
午後、Nさん来庵、お土産の生海苔はめづらしくておいしかつた、沢山あるので、佃煮にしたり干したりしてをく、むろん生《ナマ》でも食べたが。
いつしよに蕎麦粉をかいて味ふ。
庵の厨房いよ/\豊富である。
Nさんから露西亜三人集を借りる、チヱーホフを読み返すために、――私は彼の作品を愛好してゐる、何度読んでも面白い、読む度に味が出る。
やがて大晦日、それからお正月、それから!――
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○平凡に徹すること[#「平凡に徹すること」に傍点]、これが私たち平凡人の唯一の道である、老来ます/\この感が深い、平凡にして純真[#「平凡にして純真」に傍点]、簡にして凡[#「簡にして凡」に傍点]、それでよろしいのである。
○物そのものになりきる[#「物そのものになりきる」に傍点]、これがほんたうの生き方である、禅の立つところである。
○新しい俳句の道は、入り易くして到り難い[#「入り易くして到り難い」に傍点]、門はわけなくくゞれるが、堂へはなか/\のぼれない。
 難行道[#「難行道」に傍点]だ、それだけ楽しい道だ。
 常精進[#「常精進」に傍点]より外にてだてはない。
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 十二月二十日[#「十二月二十日」に二重傍線] 曇。

陰欝な日和、寒い寒い、炬燵にもぐりこんで。――
Kさん来庵、大根と密[#「密」に「マヽ」の注記]柑とを頂戴する、生海苔があるといふので一杯やることになり、一応帰つて、酒と醤油と酢とを持参、ほどよく飲んで別れた、信州名物の蕎麦粉を御馳走したらたいへん喜んで下さつた、私もうれしかつた。
Kから、多々楼君から、ありがたい手紙を受け取つた、ほんとうにありがたかつた、おかげで悠々として年の瀬を越すことが出来る、(もう一度繰り返さう)ほんたうにありがたかつた。
その為替を持つて街へ出かける、そして払へるだけ払ひ、買へるだけ買ふ、例によつて湯田温泉へ、たまつた垢を洗ひ流す、ゆつくり飲んで、例の宿に泊る、愉快々々、上出来々々々、万歳々々(此費用弐円あまり)。
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   私の買物帳[#「私の買物帳」に傍点](山頭火師走風景)
一金壱円五十五銭  米五升
一金壱円弐十銭   木炭壱俵
一金五銭      塩
一金八銭      封筒
一金六銭      マツチ
一金九銭      味噌百目
一金十五銭     番茶
一金五十銭     下駄
一金壱円十銭    酒壱升
一金三十銭     なでしこ
一金十七銭     酢一瓶
一金六十三銭    醤油一升
一金四十五銭    石油一升
一金十五銭     湯札五枚
一金弐拾五銭    理髪料
一金四十五銭    麦三升
一金十銭      鰯十三尾
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 十二月二十一日[#「十二月二十一日」に二重傍線] 曇――晴。

あたゝかい師走風景である、朝のバスでめでたく帰庵、庵はいつも閑々寂々、枯草風景がなか/\美しい。
午後、街へ出かけていろ/\買物をする、そしていつもの癖で、あちらこちらで飲む、コツプ酒十杯位はひつかけたらう! おつつしみなさい、冷酒はおよしなさい!
暮れてから戻つた、そしてお茶漬さら/\いたゞいて寝た、飲みすぎて少し苦しかつた、それ見ろ、罰があたるぞ、いや、あたつてゐるぞ!
A店の旧債を払つたことは何よりうれしい、そして僕の食堂[#「僕の食堂」に傍点][#「僕」の左に「ヲレ」の注記」]、Y屋で一杯やることはこのうへないたのしみだ。
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□ウソをいふな、他人に対しても、自分に対しても。
 自分をゴマカすな、アマヤカすな。
□物を粗末にしないことはよいが、物惜しみするな、
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