福々々、感謝々々。
酒を持つて来てくれない、忘れたのか、信用がないのか、どちらにしてもその事実は私をさびしがらせる。
――いはでものことをいふな[#「いはでものことをいふな」に傍点]、昨日、或る人間に対してさう感じた、今日また嫌な彼に出逢つた。
藪椿を一輪見つけて活ける、よいな、よいな。
娘の子は可愛いな、ことに彼女は!
午後は街へ出かける、油買ひに、――途中、農学校に立寄る、樹明君は日曜だから、もう帰宅したさうな、逢つて、昨夜の事を語り、宿直に招かれてゐたお礼をいひ、そしてまた武二招待会について相談したかつたのだが。
ぶら/\歩いてゐるうちに、畑の野菜の美[#「畑の野菜の美」に傍点]にうたれた、野菜のやうな美しい句が作りたいと思つた。
夕方、待つてゐた通りに樹明君来庵、幸に鮒が貰つてあるので一杯やらうといふので、私は街の酒屋へ一走り、君は残つて料理する。……
うまい酒だつた、うまい鮒だつた、まことによい酒盛であつた、めでたしめでたし(樹明君万歳!)。
覚えずうたた寝して飯を焦がしてしまつた、焦げた飯もうまいものだ。
ぐつすり寝たが、明け方に眼が覚めて物思ひに耽つた。
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   私の買物――
一金十五銭 石油三合
一金 四銭 なでしこ小袋
一金 九銭 醤油三合
一金十五銭 ハガキ十枚
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 十二月十四日[#「十二月十四日」に二重傍線] 晴――曇。

何といふ温かい冬だらう、昨年の今頃をおもひだす、ちようど生野島の無坪居に滞在してゐたが、ほんたうに寒かつた、動けないほど寒かつた。
歯齦がだん/\かたくなつて、ぬけた歯の代用をするやうになつた、生きもののからだといふものは、まことによく出来てゐる。
障子をすつかりあけはなつ、さてもうらゝかな冬景色!
寒菊のうつくしさ、藪椿のうつくしさ。
澄太君からの伝統[#「伝統」に傍点]、比古君からの手紙を読む。
ほんにまつたく無一文となつた! めづらしいことではないが。
晩飯は大根粥、おいしかつた。
ゆたかに炭火がおこるよろこび!
今夜も睡れないで、とりとめもない事をぼんやり考へつゞけた。
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※[#二重四角、365−7]あるべきものがある[#「あるべきものがある」に傍点]といふことは何といふよろこびだらう。
※[#二重四角、365−8]わいてあふるるよろこび!
※[#二重四角、365−9]無駄に無駄を重ねたやうな一生だつた[#「無駄に無駄を重ねたやうな一生だつた」に傍点]、それに酒をたえず注いで[#「それに酒をたえず注いで」に傍点]、そこから句が生れたやうな一生だつた[#「そこから句が生れたやうな一生だつた」に傍点](回想録[#「回想録」に白三角傍点]の一節として)。
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 十二月十五日[#「十二月十五日」に二重傍線] 晴、晴、晴。

今日の太陽の第一線を身心に浴びて起きた。
雲のない、風もないうらゝかさ、めずらしく一日通して申分のない小春日和だつた。
小春日といふものは何となく老人くさいと思ふが如何。
午後、あまりお天気がよいので散歩、農学校に寄つて新聞を読ませて貰ふ、新聞といふものは面白い必需品だ、最近のセンセーシヨナルな記事としては、英帝退位[#「英帝退位」に傍点]と蒋介石監禁[#「蒋介石監禁」に傍点]、事実としての関心があると共に小説的興味[#「小説的興味」に傍点]がある。
樹明君にも逢つたが、お互に酒の捻出が出来ないので、ほいなくもさびしいわかれ!
つつましく生きやう[#「つつましく生きやう」に傍点]、藪柑子のやうに[#「藪柑子のやうに」に傍点]。――
夕闇せまれば――一杯やりたいな――心の友達といつしよに。――
餅が食べな[#「な」に「マヽ」の注記]いな、煮てもよし焼いてもよし、田舎餅[#「田舎餅」に傍点]がうまいな。
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□眼が二つある、耳も二つある、手も足もまた二つある、そして口は一つ[#「口は一つ」に傍点]、一つしかない[#「一つしかない」に傍点]。
 自然はまつたく抜目がない。
 一つの口でさへ食べさせかねてゐる私たちだ!
 眼が一つ潰れても、耳が片方聴えなくなつても、手足が一本は折れても、けつこう間に合ふではないか。
 …………………………
□昨日の事は忘れてしまへ[#「昨日の事は忘れてしまへ」に傍点]、明日の事は考へないがよい[#「明日の事は考へないがよい」に傍点]、今日の事に生きよ[#「今日の事に生きよ」に傍点]。
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実行はむつかしいけれど、私には、日々の実感だ。
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□自己の内に[#「自己の内に」に傍点]自然を見出す。
[#ここから
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