生連から来信、彼女らには彼女らにふさわしい苦悩がある、生きてゐるかぎり免かれがたい人間苦である。
左の耳がだん/\聞えなくなる、左の事を聞くなといふのだらう!
十二月十日[#「十二月十日」に二重傍線] 晴。
いかにも冬日らしく、そして山頭火らしく。
米が乏しく、炭が乏しく、そしていかにも山頭火らしく。
午後、Nさん来庵、鮒、野菜など頂戴する、いつしよに街へ、私はついでに入浴。
やつと冬物の利上げだけ出来ました!
前の畑に芋が落ちてゐたので、拾つて来て芋粥をこしらへる、貰ひ水徃復の一得ともいへよう。
冬の雨はまことにしづかなるかな。
睡れないので夜通し句作。
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近頃の感覚
どうやらかうやら、私の最後の過渡期も終つたらしい、いよ/\最後の新らしい生活だ、老の歩みを踏みしめ踏みしめ、一歩一歩、精進するのだ。
ずゐぶん苦しみ悩んだ。……
それは個人転換期[#「個人転換期」に傍点]の苦悶といつてもよからう。
第一期、少年から青年へ(青春のなやみ)
第二期、青年から壮年へ(中年のくるしみ)
第三期[#「第三期」に傍点]、壮年から老年へ[#「老年へ」に傍点](老のもだえ)
老境そのものには苦悶はないであらう、老いると感じることそのことが苦しみ悶えるのであらう。
老は枯草のしづかさでなければならない[#「老は枯草のしづかさでなければならない」に傍点]。
□年の瀬を渡る。
(其中日記抄――山頭火行状記[#「山頭火行状記」に傍点])
□千人風呂と濁酒と皇帝。
(新三題噺ですね)
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十二月十一日[#「十二月十一日」に二重傍線] あたゝかい雨。
いつものやうに悶々寂々。
小鮒を煮る、ドンコを焙る、残忍々々。
水に放つと寒鮒はぴち/\生きかへる、放たれても桶の中であり、生きかへつても殺される、――これはあまりに月並な感想だ、幼稚なセンチだが、しかしそれがまた人間並世間並といへないこともなからう、いや、現代ではもう人間並でなく世間並でなくなつてゐるのだ、現代人はそんなことを考へ感じないほど忙しいのだ、硬くなつてゐるのだ、自分のことのために、或はまた社会のために。――
芋を拾へば芋粥を煮る、大根を貰へば大根飯を炊く、それがよろしい、それでよろしい、私の場合では。
生命を尊いと思ふが故に、生命をつないでくれる物品を尊ぶのである。
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○眼が二つ、耳が二つ、手が二本、足が二本。
口は一つ。
ありがたし、ありがたし。
○光、熱。
太陽。
水。
そして我。
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十二月十二日[#「十二月十二日」に二重傍線] 晴、時々曇る。
夜来の雨がさらりと霽れて、枯草がいよ/\美しい、そしてまた時々曇つて竹の葉がこゝろよいしらべを奏でる。……
身心沈静、連作「生魚を焼[#「生魚を焼」に白三角傍点]く」に苦心する、この苦心は愉快な苦心[#「愉快な苦心」に傍点]である。
枯草の奥で、まだ啼く虫がゐる。……
澄太君から地下の水[#「地下の水」に傍点]を四冊送つて来た、先日懇請したのであるが、それにしても、君の正しい温情[#「正しい温情」に傍点]が今更のやうに有難い。
其中有閑無酒[#「其中有閑無酒」に傍点]、有無自在[#「有無自在」に傍点]、――こんなことを考へたりしてゐるうちに午前が過ぎた。
午後、石油と醤油とを仕入れるために(といへば大袈裟だが、嚢中わづかに二十六銭しかない)出かけようとしてゐるところへ、Nさん来訪、ひきかへしてしばらく話して、それから同道して街の中へ、――飲んだ、飲んだ、Y屋、H食堂、Mカフヱー、等々、――別れてから、私はF屋で一休みして、入浴して、そしてどうやらかうやら戻つて来て、ぐつすり寝た、近来の熟睡だつた。
私としては少なからぬ浪費だつたけれど、五日ぶりの酒、十四日目の泥酔だから許して貰はう!
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□魚屋は魚臭い[#「魚屋は魚臭い」に傍点]、彼の肉体がさうであるばかりでなく、或は彼の精神までもさうであるかも知れない。
よい事でもあり、わるい事でもある、とかく世の中はかうしたものだ。
多くの事は楯の両面に過ぎない。
□野菜美[#「野菜美」に傍点]。
芸術作品にもさういふ美がありたい。
野菜を観る態度――
実用的価値。
芸術的価値[#「芸術的価値」に傍点](私の立場はこれだ)。
□紙鳶揚げの追憶[#「紙鳶揚げの追憶」に傍点]。――
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十二月十三日[#「十二月十三日」に二重傍線] 晴――曇。
天地晴朗、身心清澄なり。
昨日の今日[#「昨日の今日」に傍点]にして、さてもしづかな。
小春うらゝかなり、野山を逍遙遊すべし。
米がある、炭がある、――幸
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