パン――それは樹明君のお土産――を食べて、火燵にもぐりこんだ。
老いては睡りがたしの嘆[#「老いては睡りがたしの嘆」に傍点]にたへなかつた。
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※[#二重四角、353−16]自然と自己とのつながり――
どんなにつながつてゐるか。
それが問題である。
そこに立場がある。
※[#二重四角、354−4]感覚美――
それが正しく表現さると[#「ると」に「マヽ」の注記]き、感覚美はおのづから[#「おのづから」に傍点]感覚美以上のものを暗示[#「暗示」に傍点]する、いはゆる象徴芸術[#「象徴芸術」に傍点]が生れる。
これが私の句作的立脚点である。
※[#二重四角、354−8]俳句の本質(及限界)――
発想[#「発想」に傍点] 俳句的把握。
表現[#「表現」に傍点] 俳句的リズム。
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十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線] 曇。
冬、冬、冬。――
酒なしデー四日目で、多少いら/\する。
朝早くから籾摺の音が賑やかに聞える、播いて刈る彼等は[#「播いて刈る彼等は」に傍点]、少くとも今日は限りない幸福を味ふだらう[#「少くとも今日は限りない幸福を味ふだらう」に傍点]。
寒菊のうつくしさ、それは私のよろこびだ。
正午すぎ、樹明君から態々人を以て野菜即売会への案内を受けたので、農学校へ出かける、見事な野菜が陳列されて、如才のない主婦たちが盛んに買ひ込んでゐる、私も大根、京菜、鶏肉、ソーセージを頂戴したが、とても重かつた、しかしその重さはありがたい重さ[#「ありがたい重さ」に傍点]だ。
樹明君が約束通り夕方来庵、おとなしく飲んで別れた、酒は足らなかつたけれど下物は十分だつた。
炬燵でうと/\してゐると、だしぬけに二人の来庵者! うれしかつた、澄太君と黎々火君だ。
お土産の酒と蒲鉾とを炬燵の上に並べて味ふ、そしていつしよに寝た。
まことによい会合であつた、生きてゐてうれしいと思ふ。
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□実生活に於ては後悔[#「後悔」に傍点]しないやうに。
句作に於ては凝滞[#「凝滞」に傍点]しないやうに。
□すべてがこゝろ[#「こゝろ」に傍点]をあらはす。
山でも風でも草でも雲でも水でも鳥でも、何でもこ[#「こ」に傍点]ゝの[#「ゝの」に「マヽ」の注記]あらはれ[#「あらはれ」に傍点]となる。
この境地、そしてその作品。
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十二月七日[#「十二月七日」に二重傍線] 曇。
睡れないので早くから起きて、飲んだり食べたり、そして六時の汽車で黎々火君を見送り、二人はそのまゝ湯田へ、例の千人風呂でのんびり遊ぶ。
友情と温泉とには相通ずるものがあるやうだ[#「友情と温泉とには相通ずるものがあるやうだ」に傍点]。
山口へまはる、途中、酒屋に腰掛けて濁酒をひつかける、それから駅通りで、簡単なれども意味深い会食、満腹をバスに揺られて、学校に樹明君を訪ふ、そして再び庵へ、胡瓜がうまかつた(これは樹明君から澄太君への贈物を裾分けして貰つたのだ)。
一時の汽車で名残惜しくもお別れ。
しよんぼり帰つてうたゝねする、さびしいな。
待つたが樹明君は来てくれなかつた、いや来てくれた、寝苦しかつた。
想ひ出せば、今日は私の記念日[#「記念日」に傍点]だ、去年の今日、私は捨身懸命の長旅に立つたのである。……
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○独り言
○或る問答
○濁酒
○忘れられない人物
○貰ひ水
○寒鮒
○情熱
○放心
○持味
○その犬
○郵便
○生地に生きる
○老境
○句作三昧
○酒
○年越
○お正月
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十二月八日[#「十二月八日」に二重傍線] 今日もまた曇天。
寒い、冷たい、暗い、――今にも何か降つて来さうな。
層雲[#「層雲」に傍点]、第二日曜[#「第二日曜」に傍点]、松[#「松」に傍点]、到来。
出かけたくないけれど、ちよつと街へ、油買ひに。
藪椿たつた一輪見つかつた、机上を飾つてくれた。
黎君ありがたう、子規全集を読んで。
暮れても耕やす人々、あゝすみません。
麦飯の炊き方を会得しました、おいしい麦飯を食べられるやうになりました。
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□俳句らしい俳句[#「俳句らしい俳句」に傍点]も悪くないが、目下は俳句らしくない俳句[#「俳句らしくない俳句」に傍点]が望ましい。
□感覚を超えて意志を強ゆる[#「感覚を超えて意志を強ゆる」に傍点]勿れ。
月並化する最初の危険、最大の誘惑。
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十二月九日[#「十二月九日」に二重傍線] 大霜。
初めて戸外の水が氷結した、身心ひきしまるやうな大気だつた、美しい太陽[#「美しい太陽」に傍点]だつた。
浜松の女学
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