傍点]があるらしい、今の場合では、私にあつては、疾患は不幸な幸福[#「不幸な幸福」に傍点]とでもいふべきだらう!
青[#「青」に「マヽ」の注記]城子君から、鏡子さんが商工会議員に高点で当選したと知らせて来たので、早速、お祝ひの一句を贈つた――
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月のあかるい空へあけはなつ
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久しぶりに麦飯を炊く、あたゝかくておいしい、腹いつぱい頂戴した。
夕方、駅のポストまで出かける、Y屋でほどよく酔うて、すぐ戻つて、ぐつすり寝た、まことにめでたいことであつた。
夜中に眼が覚めて、寝床で句作を続けた。
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※[#二重四角、350−9]草は美しい、詩人としては無論、社会人としての自覚はなければならないが、その美しさをうたへばよい、それ以外のことは考へないがよい、考へなくともよい。
※[#二重四角、350−11]ありやう[#「ありやう」に傍点]があるべきやう[#「あるべきやう」に傍点]であるとき、そこに真善美がある。
※[#二重四角、350−12]自然とは、生活的には、自己の顕現である、芸術的にもまた。
※[#二重四角、350−13]俳句的とは――
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主観の客観化[#「主観の客観化」に傍点]。
象徴的表現。
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 十二月三日[#「十二月三日」に二重傍線] 時雨。

今日は私の第五十四回の誕生日[#「誕生日」に傍点]である。――
一年は短かいと思ふが、一生はなか/\長いものである。
柚子味噌で麦飯をぼそ/\食べる。
寒い寒い、火燵々々、極楽々々、ありがたいありがたい。
終日終夜、時雨を聴いた。
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□リズムについて[#「リズムについて」に白三角傍点]
 素材を表現するのは言葉であるが、その言葉を生かすのはリズムである(詩に於ては、リズムは必然のものである)。
 或る詩人の或る時の或る場所に於ける情調[#「情調」に傍点](にほひ、いろあひ、ひゞき)を伝へるのはリズム、――その詩のリズム、彼のリズムのみが能くするところである。
 日本の詩に於けるリズム[#「日本の詩に於けるリズム」に傍点]について考ふべし。
□芸術は由来貴族的[#「貴族的」に傍点]なものである、それが純真であればあるほど深くなり高くなる、そこでは大衆よりも人間をまづ観る、社会性[#「社会性」に傍点]よりも人間性[#「人間性」に傍点]を重く考へる(といつて、勿論、社会から孤立した人間が存在するといふのではない、人間は社会的環境によつて規定せられるものではあるが――)。
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 十二月四日[#「十二月四日」に二重傍線] 曇、時雨。

まつたく冬日風景。――
なか/\冷える、奥は雪だらう、寒がりの私は土鼠のやうに火燵にもぐりこんでゐる(抱壺君はベツドで頭だけ出して蓑虫みたいださうな)。
ワガママ、イクヂナシ、何といはれても仕方がない、アルコールが老衰を早発さしたのだらう。
あとくされのない生活[#「あとくされのない生活」に傍点]、さういう生活をしたい。
郵便が来なかつた、このことだけでも私には大きな失望を与へる。
午後ポストまで、ついでに入浴、そして買物少々。
葱汁と麦飯[#「葱汁と麦飯」に傍点]とは何となく調和してゐる、それが私の今日の晩餐だつた。
昨日も今日も酒なし、明日はどうだか解らない。
私もやうやくにして、私の句――ほんたうの句――水のやうな句[#「水のやうな句」に傍点]――山頭火の句が作れるやうになつたらしい、何よりうれしいことである。

 十二月五日[#「十二月五日」に二重傍線] 晴。

冷たい、足袋を穿かないではゐられなくなつた。
左の耳が何だか変だ、耳も悪くなるだらう、何しろもうオルガンそのものが古くなつたのか[#「のか」に「マヽ」の注記]ら、そして虐待しつづけてきたのだから(眼だつて何だつておなじことだ)。
今日も郵便が来なかつた、郵便は私に残された楽しみの一つだのに。
正午、Nさん久しぶりに来庵、詩稿持参、水を汲んで来て貰ふ(あれだけしぐれたのに、こゝの井戸には水がたまらない)。
六日ぶりに人が来て、人と話した訳だ。
午後、学校の給仕さんが樹明君の手紙を持つて来た、――下物は持つて行くから酒を用意してくれ、といふのである、これは今の私には無理難題だ、私は此頃八方塞りで手も足も出ない、たつた酒一升がままにならぬとは気の毒みたいだ、などゝ考へてゐるうちに、だん/\腹立たしくなつた、これは好意の悪意[#「好意の悪意」に傍点]だ、貧乏と放縦と情誼と無能との雑炊だ!
暮れ方に樹明君来庵、酒がなくては落ちつけないといつて早々帰去、ああ残念々々、ああ失望々々。
一人取り残された私はお茶を飲んで
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