るだらう[#「山頭火の真骨頂は今後に於て発揮せられるだらう」に傍点]。
一日一日、一句一句、一歩一歩。
[#ここで字下げ終わり]

 十月十六日[#「十月十六日」に二重傍線] 晴、お天気がようつづく。

このごろの飯のうまさよ、飯そのもののうまさだ[#「飯そのもののうまさだ」に傍点]。
一粒の米にも千万無量の味が籠つてゐる、まことに粒々辛苦、ああ、お米[#「お米」に傍点]のありがたさよ。
何もお菜がないから、けふもシヨウユウライス!
おもひがけなく、S子さんと彼女の友達とがM老人に案内されて来てくれた、まつたくもつて珍客来[#「珍客来」に傍点]だ、おかまひは出来ないが、渋茶を飲んだり熟柿を食べたりして貰ふ、むろん雑草風景は十分に味つて貰ふ。
三人打ち連れて、駅前のH食堂へはいる、私は酒と刺身と焼松茸とを御馳走になる(世はさかさまとなりにけりだ)、松茸は初物、おいしかつた。
それからが少々いけなかつた、例の如く彷徨した、少々みだれた、……五時頃帰庵、誰か来たらしいと思つたら、Nさんが昨夜話しあつた約をふんで、釣つた沙魚十数尾を持参してくれたのだつた、さつそく料理して、うまい夕飯を食べた。
暮れて樹明君来庵、ほろ酔機嫌でニコ/\してゐる、今日の私の行動をもうチヤンと知つてゐる、明後日の緑平老歓迎のことを話しあつて、めでたくさよなら。
Y夫人の急死を聞かされたとき、私の身心はドキンとした、手当は十分行き届いたのだらうけれど、何しろ尿毒症の激発ではどうにもならなかつたらしい、ああ、ああ、Y主人の悲嘆が思ひやられる、彼女は私の酔態をよく知つてくれてゐた、彼女の面影が眼前に彷彿して、無常観[#「無常観」に傍点]をそそつてたまらなくなる。……
アルコールのおかげで、ぐつすり寝た、飲みすぎ食べすぎで腹工合はよくないが。
事の多い、感慨の深い一日だつた。

 十月十七日[#「十月十七日」に二重傍線] 晴。

神嘗祭、よい休日。
おちつけ、おちつけ、おちついて、おちついて。――
昨日の御飯に昨夜の沙魚、うまいうまい、Nさんありがたうありがたう。
ちよつとそこらを散歩しても、秋の楽園。
午後、ポストまで、大根一本三銭。
刈田の蓼紅葉のうつくしさ、草紅葉は好きだ。
シヨウガの風味、シソの実の風味、それも秋の風味[#「秋の風味」に傍点]。
歩くと暑い暑い、帰るとドテラを脱いで浴衣一枚、涼しい
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